日本の政治史
第12回衆議院議員総選挙の概要と歴史的意義

1915年(大正4年)に実施された第12回衆議院議員総選挙について、選挙の背景、大隈重信内閣による選挙パフォーマンス、および結果を解説します。
📌 主なポイント
- ✓投票日は1915年(大正4年)3月25日である。
- ✓大隈重信首相による停車場演説やレコード配布など、近代的な選挙パフォーマンスが行われた。
- ✓立憲同志会が153議席を獲得し、第1党となった。
第12回衆議院議員総選挙は、1915年(大正4年)3月25日に執行された日本の衆議院議員総選挙です。大正時代に入ってから初めて行われた総選挙であり、当時の政治状況や選挙運動のあり方から、大正デモクラシーの進展を象徴する出来事の一つとして評価されています。
選挙の背景と経過
1914年(大正3年)12月25日、第2次大隈重信内閣は衆議院を解散しました。この選挙は、当時の内閣総理大臣である大隈重信が主導する「普通解散」として知られています。選挙制度は当時の制限選挙制に基づき、直接国税10円以上を納税する満25歳以上の男性日本国民に投票権が与えられました。
選挙運動の革新
本選挙において特筆すべき点は、大隈重信による近代的な選挙パフォーマンスの導入です。大隈は汽車の展望車を利用して停車駅ごとに演説を行う「停車場演説」を敢行しました。さらに、自身の演説を録音したレコードを全国に配布するなど、メディアを活用した積極的な広報活動を展開しました。これらは当時の選挙運動としては非常に稀有な手法であり、後の選挙戦術に影響を与えました。
選挙結果
投票率は92.13%を記録しました。選挙の結果、加藤高明率いる立憲同志会が153議席を獲得し、第1党となりました。対する原敬率いる立憲政友会は108議席にとどまり、政権与党側の勝利という結果となりました。この選挙では、後の内閣総理大臣となる鳩山一郎や濱口雄幸が初当選を果たしています。
党派別獲得議席(主要政党)
- 立憲同志会:153議席
- 立憲政友会:108議席
- 中正会:33議席
- 立憲国民党:27議席
- 大隈伯後援会:12議席
よくある質問
第12回衆議院議員総選挙の投票率はどれくらいでしたか?
投票率は92.13%でした。
この選挙で初当選した著名な政治家は誰ですか?
後の内閣総理大臣である鳩山一郎と濱口雄幸がこの選挙で初当選しました。
選挙当時の内閣はどこでしたか?
第2次大隈重信内閣です。
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参考文献
- 『議会制度百年史』228頁
- 『官報』1916年12月19日