歴史 / 年号

西暦1855年と諸暦年の対照

西暦1855年の各国の紀年法や干支、皇紀、檀紀、イスラム暦などとの対照関係を解説する百科事典記事です。

📌 主なポイント

  • 1855年の干支は乙卯である。
  • 日本における元号は嘉永7年から安政2年にまたがる期間である。
  • 皇紀では2515年に該当する。

西暦1855年は、グレゴリオ暦などの太陽暦における平年にあたり、世界各地の多様な暦法や紀年法において特定の年に該当する。日本をはじめ、中国、朝鮮半島、ベトナムなどの東アジア諸国や、イスラム圏、ユダヤ暦などにおける対応関係が確認されている。

干支と日本の元号

1855年の干支は乙卯(きのとう)である。

日本においては天保暦が使用されており、西暦1855年の期間は、嘉永7年11月13日から安政2年11月23日までにほぼ該当する。具体的には、嘉永7年11月13日から同年11月26日までが安政元年にあたり、その後の安政元年11月27日から安政2年11月23日までが1855年の期間内に含まれる。また、皇紀では2515年にあたる。なお、皇紀はのちに1873年の太陽暦採用とともに施行されたものである。

アジア諸国の紀年法

中国の清においては、咸豊4年11月13日から咸豊5年11月23日までの期間が1855年に相当する。朝鮮半島(李氏朝鮮)では哲宗6年であり、檀紀では4188年であった。檀紀はのちの大韓民国において1948年に法的根拠を与えられたが、1961年の法令制定により1962年1月1日以降は公式な場での使用が禁止されている。ベトナムの阮朝においては嗣徳8年に該当する。

世界の諸暦法

仏滅紀元では2397年から2398年にあたり、イスラム暦では1271年4月11日から1272年4月21日、ユダヤ暦では5615年4月11日から5616年4月22日までの期間となる。また、天文学等で用いられる修正ユリウス日(MJD)では -1416 から -1052、リリウス日(LD)では 99425 から 99789 の範囲に相当する。

よくある質問

1855年の干支は何ですか?
1855年の干支は乙卯(きのとう)です。
1855年は日本の何年分にあたりますか?
日本の天保暦において、嘉永7年11月13日から安政2年11月23日までの期間に該当します。
1855年は皇紀何年にあたりますか?
皇紀2515年にあたります。

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参考文献

ウィキペディア日本語版「1855年」の項目および関連する歴代紀年法データ