アメリカ合衆国の歴史

1876年アメリカ合衆国大統領選挙

1876年アメリカ合衆国大統領選挙
1876年のアメリカ合衆国大統領選挙の歴史、共和党ラザフォード・ヘイズと民主党サミュエル・ティルデンの激しい選挙戦、および1877年の妥協に至るまでの経緯を解説します。

📌 主なポイント

  • 1876年11月7日に第23回アメリカ合衆国大統領選挙が実施された。
  • 一般投票では民主党のサミュエル・ティルデンが勝利したが、選挙人投票の集計を巡り激しい論争が起きた。
  • 特別に設置された選挙委員会により全論争票がラザフォード・ヘイズのものとされ、ヘイズが当選した。
  • 選挙結果を巡る政治的妥協(1877年の妥協)により、南部のレコンストラクションが実質的に終了した。

1876年アメリカ合衆国大統領選挙(1876ねんアメリカがっしゅうこくだいとうりょうせんきょ)は、1876年11月7日に行われた第23回目となるアメリカ合衆国大統領選挙である。アメリカの歴史において最も激しい議論を呼び、異例の決着を迎えた選挙の一つとして知られている。

選挙の背景と候補者

ニューヨーク州出身の民主党候補サミュエル・ティルデンは、一般投票で共和党のラザフォード・ヘイズを破り、選挙人投票でも184票を獲得してヘイズの票を上回ったが、過半数にはわずかに届かなかった。一方で、まだ集計されていない20票の扱いを巡って激しい論争が発生した。

選挙人論争と選挙委員会

フロリダ州、ルイジアナ州、サウスカロライナ州の南部3州において、双方の政党がそれぞれの勝利を主張し、不正行為や開票を巡る対立が深刻化した。さらにオレゴン州でも選挙人の資格を巡る争いが起き、憲法の危機に直面した合衆国議会は1877年1月29日に特別の選挙委員会を設置することを定めた。

1877年の妥協

選挙委員会による審議の結果、論争のあった20票すべてがヘイズの得票と認定され、ヘイズが選挙人投票で過半数を獲得して大統領に選出された。この政治的混乱を収束させるための非公式な取り引きとして「1877年の妥協」が結ばれたとされ、南部から連邦軍が引き上げられることでレコンストラクションが実質的に終了することになった。

よくある質問

1876年の大統領選挙の主な候補者は誰ですか?
共和党のラザフォード・ヘイズと、民主党のサミュエル・ティルデンが主な候補者でした。
なぜ1876年の選挙結果は論争になったのですか?
フロリダ州、ルイジアナ州、サウスカロライナ州などの複数州で二重の開票結果が報告され、残る選挙人票の帰属を巡って両党が激しく対立したためです。
論争はどのように解決されましたか?
合衆国議会が設置した15人の特別選挙委員会による審議を経て、論争のあった選挙人票がすべてヘイズに割り当てられ、最終的な勝者が決定しました。

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参考文献

  • Voter Turnout in Presidential Elections: 1828 - 2008
  • Morris, Roy, Jr. (2003). Fraud Of The Century. Rutherford B. Hayes, Samuel Tilden And The Stolen Election Of 1876. New York: Simon and Schuster.