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1976年モントリオールオリンピックの概要と歴史的影響

1976年モントリオールオリンピックの概要と歴史的影響

1976年モントリオールオリンピックは、1976年7月17日から8月1日までカナダのモントリオールで開催された第21回夏季オリンピック競技大会である。フランス語圏の都市としてはパリに次いで2番目の夏季大会開催地となった。

\"モントリオールオリンピックのメインスタジアム\"
モントリオール・オリンピック・スタジアム

開催の経緯と財政的課題

開催地は1970年のIOC総会で決定された。メインスタジアムは開閉式屋根を備えた巨大施設として計画されたが、第一次オイルショックによる物価高騰と工期の遅れにより、当初予算を大幅に超過した。最終的な建設・改修費用は16億1000万カナダドルに達し、モントリオール市とケベック州は増税を通じてこの債務を返済した。完済までには開催から30年を要した。

大会のハイライトとボイコット

本大会は、ニュージーランドのラグビーチームが南アフリカ共和国へ遠征したことを巡り、IOCがニュージーランドの参加を禁止しなかったことに抗議して、アフリカやアジアの23カ国がボイコットを行う事態となった。また、中華人民共和国は台湾の出場を理由に不参加を表明した。

参考文献

  1. 1988年のカルガリー冬季大会ならびに2010年のバンクーバー冬季大会はいずれも総督が開会宣言を行っている。
  2. ただしカナダでは訛りや方言が特徴的な『カナダ・フランス語』と呼ばれる特有のものが存在し、ケベック州で話される『ケベック・フランス語』はその中でも特に代表的なものとなっている。
  3. この他、選手宣誓も2カ国語で行われた。後年のカルガリー及びバンクーバーでの冬季大会も同様にフランス語→英語の順で開会宣言が行われている。
  4. これは次回の1980年モスクワオリンピックでも同様である。
  5. また本大会のフェンシングフルーレ男子団体で西ドイツ代表として金メダルを獲得したトーマス・バッハがIOCの第9代会長に就任後、在任中だった2014年のソチ冬季大会から2024年のパリ夏季大会まで開会式等で名前が紹介される際も「1976年オリンピック フェンシングチャンピオン」(英:「Olympic champion fencing 1976」、仏:「Champion olympique d'escrime 1976」)とアナウンスされている。
  6. オリンピック物語第五部 アマとプロ〈4〉読売新聞-2004年1月24日付
  7. 【スポーツbiz】消滅していたかもしれない五輪(2/2)サンケイビズ
  8. シンボルマークを発表モントリオール五輪 ミュンヘン二十二日共同 - 北海道新聞1972年8月23日朝刊
  9. 【スポーツi.】新国立建設、ビッグ・オーの二の舞い危惧(Sankeibiz ) 産経デジタル、2015年7月1日、2021年4月16日閲覧。