日本の選挙史

第7回衆議院議員総選挙の歴史的背景と結果

第7回衆議院議員総選挙の歴史的背景と結果
1902年(明治35年)8月10日に執行された第7回衆議院議員総選挙の歴史、選挙制度の改正、党派別結果について解説する。

📌 主なポイント

  • 執行日は1902年(明治35年)8月10日である。
  • 有権者要件が直接国税10円以上納税の満25歳以上男性に緩和された。
  • 小選挙区制から大選挙区制へ変更され、改選議席数が376議席となった。
  • 立憲政友会が191議席を獲得し第1党となった。

第7回衆議院議員総選挙は、1902年(明治35年)8月10日に執行された帝国議会(衆議院)議員の総選挙である。任期満了に伴う初めての総選挙であり、第1次桂内閣のもとで実施された。

選挙制度と法改正

本選挙では、有権者要件が緩和された。従来の「直接国税15円以上を納める25歳以上の男子」から「直接国税10円以上を納める25歳以上の男子」へと引き下げられ、有権者数は約98万人に達し前回選挙から大幅に増加した。また、選挙区制度がこれまでの小選挙区制から大選挙区制へと変更され、改選議席数も300議席から376議席に増加した。さらに、秘密投票が初めて導入された一方で、代理投票制度が廃止された。

選挙結果

投票率は88.39%を記録した。党派別では、伊藤博文が率いる立憲政友会が191議席を獲得して第1党を維持し、大隈重信率いる憲政本党が95議席で続いた。

よくある質問

第7回衆議院議員総選挙の投票日はいつですか?
1902年(明治35年)8月10日です。
第7回総選挙時の内閣は何ですか?
第1次桂太郎内閣です。
選挙制度における主な変更点は何ですか?
従来の小選挙区制から大選挙区制への変更と、秘密投票の導入、代理投票制度の廃止が行われました。

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参考文献

衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 院内会派編衆議院の部』大蔵省印刷局、1990年。