日本の選挙史
第9回衆議院議員総選挙(明治37年実施)の歴史的背景と結果

1904年(明治37年)3月1日に実施された第9回衆議院議員総選挙の歴史的背景、選挙データ、投票率、および各党の議席獲得状況を詳細に解説する歴史記事。
📌 主なポイント
- ✓第9回衆議院議員総選挙は1904年(明治37年)3月1日に執行された。
- ✓前年12月に発生した河野広中衆議院議長による奉答文事件を契機として衆議院が解散された。
- ✓日露戦争の開戦直後という挙国一致の状況下で投票が行われ、投票率は86.06%であった。
- ✓立憲政友会が133議席を獲得して第1党となった。
第9回衆議院議員総選挙は、1904年(明治37年)3月1日に執行された大日本帝国の衆議院議員総選挙である。
歴史的背景と解散の経緯
1903年(明治36年)12月に開催された第19回帝国議会において、新任の河野広中衆議院議長が明治天皇の勅語に対する奉答文の朗読の際に政府批判の文言を挿入したとされる(奉答文事件)。これを受け、第1次桂内閣の桂太郎首相は衆議院を解散した。
この総選挙は、ちょうど日露戦争が開戦された直後という国家の非常時において実施され、全体として挙国一致ムードが漂う中での選挙戦となった。
選挙データ
- 内閣:第1次桂内閣
- 解散日:1903年(明治36年)12月11日
- 公示日:1903年(明治36年)12月11日
- 投票日:1904年(明治37年)3月1日
- 改選数:379議席
- 選挙制度:大選挙区制(一部1人区制)
- 有権者:直接国税10円以上納税の満25歳以上の男性(有権者数:762,445人)
選挙結果
投票率は86.06%を記録し、前回選挙と比較して0.11%の下落となった。日露戦争開戦直後という緊迫した政治状況を反映し、高い関心の中で投票が行われた。
党派別獲得議席数
| 党派名 | 獲得議席 |
|---|---|
| 立憲政友会 | 133 |
| 憲政本党 | 90 |
| 甲辰倶楽部 | 39 |
| 無名倶楽部 | 25 |
| 帝国党 | 19 |
| 自由党 | 18 |
| 無所属 | 55 |
よくある質問
第9回衆議院議員総選挙が行われたのはいつですか?
1904年(明治37年)3月1日に執行されました。
選挙が行われるきっかけとなった出来事は何ですか?
第19回帝国議会において、河野広中衆議院議長が明治天皇の勅語に対する奉答文に政府批判の文言を含めたとされる「奉答文事件」が発生し、桂太郎首相が衆議院を解散したためです。
当時の有権者の資格はどのようなものでしたか?
直接国税10円以上を納税する満25歳以上の男性に限定されていました。
関連記事
第1次桂内閣日露戦争帝国議会立憲政友会憲政本党
参考文献
北海道ノ札幌区函館区小樽区以外ノ地ニ衆議院議員選挙法施行ノ件(明治36年勅令第105号) 官報1903年06月30日