工学・技術

空力ブレーキの仕組みと各分野での活用

空力ブレーキの仕組みと各分野での活用
空気抵抗を利用した制動方法である空力ブレーキについて、宇宙開発、航空機、鉄道、自動車における仕組みや活用事例を解説します。

📌 主なポイント

  • 空力ブレーキは、空気力学的な力(空気抵抗)を利用して速度を落とす制動方法である。
  • 宇宙開発において、大気を利用して軌道を変更する手法はエアロブレーキングと呼ばれる。
  • 日本の工学実験衛星「ひてん」は、世界で初めてエアロブレーキによる軌道制御に成功した。
  • 鉄道車両では、高速試験車両において屋根上に抵抗板を配置する形式が研究・試験されてきた。

空力ブレーキ(くうりきブレーキ)は、空気力学的な力である空気抵抗を利用して物体の速度を落とす制動方法である。空気抵抗は流れに対する物体の投影面積に比例し、さらに速度の2乗に比例して増加するため、高速で移動する物体のスピードを効率よく低下させる手段として様々な分野で用いられている。

宇宙機における空力ブレーキ

宇宙開発の分野では、大気圏突入時や惑星の軌道変更において高層の希薄な大気を利用した減速手法が採用されている。これらはエアロブレーキング(aerobraking)や大気制動などと呼ばれ、大気が存在する環境でのみ利用できる。

エアロブレーキングの例: 火星探査機 マーズ・リコネッサンス・オービター が火星上空で軌道を変更しているところ(想像図)
エアロブレーキングの例: 火星探査機 マーズ・リコネッサンス・オービター が火星上空で軌道を変更しているところ(想像図)

宇宙機が惑星の大気を抗力として用いることで、惑星との相対速度差を減らすことができる。少量の燃料で高い軌道へ投入したのち、大気抵抗を利用して徐々に軌道を下げる手法がエアロブレーキと呼ばれ、惑星到着時に直接大気へ突入して一気に減速する手法はエアロキャプチャと呼ばれる。空力ブレーキは衝撃加熱によって運動エネルギーを熱エネルギーへ変換するため効率的である一方、機体を空力加熱から守るための熱遮蔽が必要となる。

世界で初めてエアロブレーキによる軌道制御に成功したのは日本の工学実験衛星「ひてん」である。1991年3月19日にエアロブレーキ時の減速量と加熱量の計測が行われ、地球の高度125.5kmを通過した後に減速が確認された。その後も、金星探査機マゼランや、マーズ・グローバル・サーベイヤー、2001マーズ・オデッセイ、マーズ・リコネッサンス・オービターなどの火星探査機において、観測軌道への移行時に火星大気上層部を利用した減速が行われている。

航空機における空力ブレーキ

航空機においては、減速や降下、着陸後の制動を目的とした装置としてエアブレーキ(またはスピードブレーキ)が備わっている。低速域では効果が期待できないため、地上のタキシング中などは通常の摩擦ブレーキが使用される。

スポイラー
スポイラー

旅客機やグライダーの主翼上面にはスポイラーが装備されており、これは空気の流れを乱して抗力を増すだけでなく、揚力を減少させる主眼を持って使用される。飛行中から着陸後まで使用されるものはフライトスポイラーと呼ばれ、着陸後にのみ使用されるものはグラウンドスポイラーと呼ばれる。

MiG-23のエアブレーキ
MiG-23のエアブレーキ
MiG-23のエアブレーキ(拡大)
MiG-23のエアブレーキ(拡大)

戦闘機などの軍用機では、抗力を増すための専用エアブレーキが装備されることが多い。戦闘時にエンジン出力を下げずに減速を行うためや、急降下爆撃機における急降下時の速度超過(ダイブ制限)を防止するために活用される。装備位置は機体によって異なり、胴体側面や胴体上面中央などに設置される例がある。

着地後にドラッグシュートを展開するスペースシャトル・ディスカバリー。垂直尾翼後縁の空力ブレーキも展開している。
着地後にドラッグシュートを展開するスペースシャトル・ディスカバリー。垂直尾翼後縁の空力ブレーキも展開している。

また、機体後部にパラシュートを格納し、着地後に展開して減速するドラッグシュートも空力ブレーキの一種であり、一部の戦闘機やスペースシャトル等で利用されている。

背面にあるエアブレーキを展開した、整備中のF-15
背面にあるエアブレーキを展開した、整備中のF-15

鉄道における空力ブレーキ

鉄道車両において、空力ブレーキは主に高速鉄道の試験車両で検討・試験されてきた。営業運転を行う通常の速度域では効果が小さく、車両限界の制約もあるため、一般の営業車両での採用例はない。JR東日本の高速試験車両であるE954形・E955形(FASTECH 360シリーズ)や、E956形「ALFA-X」において、屋根上に展開する抵抗板型の空力ブレーキが試験的に搭載された。また、超電導リニアの試験車両(MLU001、MLU002N、MLX01)においても、高速走行時の非接触ブレーキとして研究・装備されている。

自動車における空力ブレーキ

自動車レースの分野では、過去にメルセデス・ベンツ・300SLRなどがエアブレーキを採用した例がある。しかし、現代のフォーミュラカーをはじめとする多くの競技車両では、レギュレーションにより空力パーツを固定することが義務付けられており、可動式の空力ブレーキは原則として見られない。一方で、NASCARなどの超高速オーバルレースでは、車両の舞い上がりを防ぐために可動式のルーフフラップが設置されているほか、ドラッグレースのゴール後にはドラッグシュートが使用されることがある。

よくある質問

空力ブレーキとは何ですか?
空気力学的な力である空気抵抗を利用して、高速で移動する物体の速度を効率よく落とす制動方法です。
宇宙機におけるエアロブレーキングとは何ですか?
惑星の高層大気圏における希薄な大気を抗力として利用し、宇宙機の減速や軌道制御を行う手法です。
鉄道車両で空力ブレーキが採用されないのはなぜですか?
200km/h以下の速度域では十分な効果が期待できないことや、車両限界の制約があるため、高速試験車両での研究にとどまっています。

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参考文献

  • 「惑星探査に用いるエアロアシスト技術の開発」JAXA研究開発本部広報誌『空と宙』No.49, pp.4-5, 2012 Sep./Oct.
  • “Venus Express science mission ends; aerobraking experiment beginning”. Planetary Society. 2014年5月16日.
  • “=MAAC 柔軟構造大気突入システムの開発”. 2013年9月19日閲覧。
  • MLU001(鉄道総研)
  • MLU002N(鉄道総研)
  • MLX01(鉄道総研)