アフガニスタンの歴史と現状

📌 主なポイント
- ✓アフガニスタンは中央アジア、西アジア、南アジアの交点に位置する内陸国である。
- ✓首都は国内最大の都市であるカーブルである。
- ✓2021年8月の政権崩壊以降、ターリバーンによる暫定政権が実効支配している。
アフガニスタン(ダリー語・パシュトー語: افغانستان)は、中央アジア、西アジア、そして南アジアの交差点に位置する山岳地帯の内陸国である。周辺をパキスタン、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国に囲まれており、首都であり最大の都市はカーブルである。
歴史的背景
アフガニスタン一帯には少なくとも5万年前から人間が居住しており、古代から様々な文明の十字路として栄えてきた。紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシャによる支配を経て、アレクサンドロス大王の侵入やグレコ・バクトリア王国、クシャーナ朝などが興り、仏教やヒンドゥー教の文化が花開いた。7世紀半ば以降はイスラム化が進み、ガズナ朝やゴール朝、ティムール朝などの諸王朝の統治下に入った。
近代においては、18世紀中葉のアフマド・シャー・ドゥッラーニーによるドゥッラーニー帝国の建国が現代国家の基礎となった。19世紀にはイギリスとロシア帝国の間で「グレート・ゲーム」の緩衝地帯とされ、三度にわたるアングロ・アフガン戦争を経験した。1919年の第三次戦争後に外交権を回復し、独立を果たした。
近年の紛争と政権の変遷
20世紀後半以降、アフガニスタンは度重なる政治的動揺と紛争に見舞われた。1973年の王制打倒、1978年のクーデターを経て社会主義政権が成立し、ソビエト連邦軍の侵攻とこれに抵抗するムジャーヒディーンとの間で激しい内戦が勃発した。1990年代半ばにはイスラム原理主義勢力ターリバーンが国土の大部分を制圧したが、2001年のアメリカ軍による侵攻によって政権は一旦崩壊した。
その後、国際支援を受けた「アフガニスタン・イスラム共和国」が成立したが、長年にわたる戦闘が続いた。2021年8月、米軍の撤退完了に伴うターリバーンの攻勢によって共和国政府は事実上崩壊し、再びターリバーンによる暫定政権(アフガニスタン・イスラム首長国)が実権を握るに至った。
地理と社会
国土の多くはヒンドゥー・クシュ山脈などの険しい山岳地帯や高地に覆われている。多民族国家であり、パシュトゥン人、タジク人、ハザーラ人、ウズベク人など多様な民族が暮らしており、公用語にはパシュトー語とダリー語が指定されている。
よくある質問
アフガニスタンの首都はどこですか?
アフガニスタンの公用語は何ですか?
国境を接している国にはどのような国がありますか?
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参考文献
- 山内昌之【地球を読む】アフガニスタン 秩序失った地政学的要衝『読売新聞』朝刊2021年11月7日1面
- 外務省 アフガニスタン・イスラム共和国 基礎データ