エア・フロリダ90便墜落事故:1982年のポトマック川惨事

📌 主なポイント
- ✓発生日時:1982年1月13日午後
- ✓機体:ボーイング737-222(機体記号:N62AF)
- ✓現場:アメリカ合衆国ワシントンD.C. ポトマック川
- ✓主な原因:除氷の不徹底、防氷装置の不使用、離陸時の異常への対応遅れ
エア・フロリダ90便墜落事故(Air Florida Flight 90)は、1982年1月13日の午後に関係する複数の要因が重なって発生した重大な航空事故です。アメリカ合衆国のワシントン・ナショナル空港を激しい吹雪の中で離陸した直後、同機はポトマック川に架かる橋梁へ激突し、氷結した川面へと墜落しました。
事故の背景と当日の状況
1982年1月第2週、米国東海岸地域は歴史的な寒波に見舞われていました。首都ワシントンでも低温が続き、交通網や日常のインフラに大きな支障をきたしていました。事故機となったボーイング737-222型機(機体記号:N62AF)は、当日朝にフロリダを出発し、ワシントンに到着した後に折り返し便として運行される予定でした。しかし、記録的な降雪による滑走路の一時閉鎖などにより、出発は大幅に遅れていました。
離陸までの過程における問題点
出発前の駐機中には、高圧温水と不凍液の混合物を用いた除氷作業が行われました。しかし、悪天候による作業の中断や担当者の交代、不適切な噴射ノズルの使用などが重なり、正しい混合比率に調整されていなかったと指摘されています。また、ボーディング・ブリッジから後退する際、タギング車両のスリップによって機体が動かなかったため、一時的にエンジンの逆噴射によるパワーバックが試みられました。この操作により、舞い上がった雪や氷、水が機体の各部に付着する結果となりました。
さらに、離陸待ちの際には直前を飛行する他機との車間距離を意図的に短くしてタキシングを行っていました。これは前機の排気熱で着氷を溶かす狙いがあったものの、製造者であるボーイング社のマニュアルでは低温下における再氷結の危険性が警告されており、適切な手順とは認められないものでした。
事故の発生と原因
離陸滑走を開始した際、エンジン圧力比(EPR)のゲージ指針の上昇が通常よりも速く、副操縦士は数度にわたり計器の異常を訴えましたが、機長は気温の低さによるものとしてそのまま離陸を継続しました。主翼等に付着した雪や氷の影響により、離陸直後から機速が十分に得られず、失速警報であるスティックシェイカーが作動しました。そのまま十分な上昇高度を維持できず、機体はポトマック川の橋梁上にあった車両を巻き込みながら墜落しました。
国家運輸安全委員会(NTSB)の調査により、直接の原因として以下の点が挙げられています。
- エンジン防氷装置(Anti-Ice)がOFFにされていたことによる、EPR測定センサーの氷雪閉塞と誤った計器表示。
- 主翼等に雪や氷が付着したまま離陸を開始したことによる、ボーイング737型機特有の揚力低下と急激な機首上げの誘発。
- 離陸滑走の初期段階で計器の異常に気づきながらも、離陸を中止しなかった判断の遅れ。
救助活動と特筆すべき行動
事故直後、激しい寒波と道路の凍結、首都圏の激しい交通渋滞が重なり、緊急車両の現場到着に大幅な遅れが生じました。水没を免れた尾翼にしがみついていた生存者に対し、国立公園管理警察の救助ヘリコプターによる救助活動が行われました。
この救助の際、銀行監査官であったアーランド・ウィリアムズ・ジュニアは、自らに差し出された命綱を周囲の生存者に譲り続けました。結果として彼は力尽きて犠牲となりましたが、その勇敢な行動は広く称賛され、後に現場となった橋は「アーランド・ウィリアムズ・ジュニア記念橋」と改名されました。また、氷上に取り残された生存者を救うため、一般市民であるレニー・スカトニックらが冷たい川に飛び込んで救助を助け、のちに表彰を受けています。