航空輸送を担う事業体:エアラインの仕組みと歴史

📌 主なポイント
- ✓航空会社は利用者から運賃を徴収して旅客や貨物を輸送する組織であり、エアラインとも称される。
- ✓アメリカでは1978年の航空規制緩和法により市場の自由化が進められた。
- ✓日本では長らく「45/47体制」と呼ばれる枠組みがあったが、規制緩和や新規参入を経て多様な形態に発展した。
航空会社(こうくうがいしゃ)とは、利用者から対価である航空運賃を徴収し、航空機を用いて旅客や貨物を輸送する事業組織の総称であり、エアライン(airline)とも呼ばれる。
概要と事業形態
航空会社は法律上の「航空運送人」に位置づけられる。荷主が混載業者と契約を結ぶ場合、契約上の運送人は混載業者となり、実際に飛行機を飛ばして輸送を行う航空会社は実際運送人と呼ばれる。貨物の輸送においては、旅客航空会社の貨物部門だけでなく、専業の貨物航空会社や、DHLやフェデックスといった総合物流企業が自社専用機を運用する形態も見られる。
各国の航空規制と自由化
アメリカ
1938年に制定された民間航空法に基づき、民間航空委員会(CAB)が設立され、航空市場への新規参入や運賃、路線設定が厳しく規制されていた。しかし、1978年の航空規制緩和法成立を契機に段階的な自由化が進み、1980半ばまでに新規参入や運賃設定の許可制が廃止され、民間航空委員会も解散した。
ヨーロッパ
欧州連合(EU)においては、数段階にわたる航空自由化協定が締結され、1997年に完結した。これによりEU域内の国籍条項が撤廃され、域内の航空会社は原則として自由に国際線や域内路線へ参入し、運賃も独自に設定できる環境が整えられた。
日本の航空業界の展開
日本における航空会社は、主に航空法第2条に規定される定期航空運送事業などの航空運送事業を営む事業者を指す。歴史的には、長年「45/47体制」と呼ばれる運輸省(現・国土交通省)の指導によるすみ分け体制(日本航空、全日本空輸、東亜国内航空)が維持されていたが、1986年以降の規制緩和によって各社の国際線進出や新規参入が活発化した。
現代の日本の定期航空路線を担う事業者は、日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)に代表される「フルサービスキャリア」のほか、低価格を売りにする「格安航空会社(LCC)」など、多様な業態に分類されている。
歴史
草創期から第二次世界大戦まで
1913年12月、複葉機を利用した世界初の定期航空会社がフロリダ州で設立され、短区間の旅客・貨物輸送を開始した。その後、第一次世界大戦を経て航空機の性能が飛躍的に向上し、アメリカでは郵便輸送を中心に航空事業が発展した。日本では戦前、国策会社である大日本航空などが存在したものの、交通機関としての国内航空網は限定的であった。
戦後から1970年代
第二次世界大戦後の1945年11月、GHQの指令により日本の民間航空活動は全面的に禁止されたが、1952年のサンフランシスコ平和条約発効による独立回復とともに国内の航空産業が再興した。1950年代以降、日本航空などの特殊会社が設立され、経済成長とともに国内・国際の路線網が急速に拡大していった。
1990年代以降の動向とLCCの台頭
1990年代以降、世界的な航空自由化や、2001年のアメリカ同時多発テロ事件に端を発する経営危機、原油価格の高騰などを背景に、航空業界ではアライアンス(航空連合)への集約や経営統合が進んだ。また、新興国での需要拡大や低価格な運賃を特徴とする格安航空会社(LCC)の世界的普及により、国内でもピーチ・アビエーションやZIPAIRなどのLCCが就航し、中長距離路線を含めた新たな輸送網が形成されている。
よくある質問
航空会社とは何ですか?
フルサービスキャリアとLCCの違いは何ですか?
日本の航空業界はどのように発展しましたか?
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参考文献
- 井上泰日子『航空事業論』日本評論社、2008年。
- 『交通の百科事典』丸善、2011年。
- 国土交通省 航空関連資料