地理・河川

天降川の地理、歴史、産業の概要

天降川の地理、歴史、産業の概要
鹿児島県中央部を流れる二級河川・天降川の地理的特徴、江戸時代の流路変更の歴史、およびアユ漁や温泉などの産業について解説します。

📌 主なポイント

  • 天降川は鹿児島県湧水町の国見岳南麓を水源とし、鹿児島湾に注ぐ延長42.5kmの二級河川である。
  • 江戸時代初期の寛文元年(1661年)より薩摩藩主島津光久の命で大規模な流路変更工事が行われた。
  • 昭和16年(1941年)に牧園町長の請願によって「天降川」の名称が復活した。
  • 流域には新川渓谷温泉郷や妙見温泉、日当山温泉などの温泉地が広がっている。

天降川(あもりがわ)は、鹿児島県中央部を流れる二級河川である。湧水町の国見岳南麓を水源とし、南西へ流れて鹿児島湾(錦江湾)へ注ぐ。

天降川の流れと遠くに見える霧島山
天降川と奥に霧島山

地理

鹿児島県湧水町の国見岳(標高648m)南麓に発し、東流したのちに横川町横川付近から南流する。落差約5mの尾田の滝を経て牧園町川津原付近までは比較的平坦な地形であるが、牧園町馬込付近からは「新川渓谷」と呼ばれる渓谷部に入りさらに南流する。隼人町湯田付近から再び平坦な流れとなり、隼人町日当山を経て鹿児島湾へ注ぐ。

天降川流域を示す地図資料
地図
天降川周辺の河川・地形図
地図

流域にはヤマセミやカワセミ、アユなどが生息し、下流部の野口橋周辺ではコサギやダイサギなどの鳥類も見られる。また、河口部の干潟には多様な生物が生息している。

新川橋から北側の上流方面を望む景観
新川橋より北
野口橋から南側の河口方面を望む景観
野口橋より南

主な支流

  • 手篭川:瓶臺山付近に発し、隼人町で天降川に合流する。
  • 霧島川:韓国岳南麓に発し、上流部に霧島第一・第二発電所などを有する。
  • 嘉例川:JR肥薩線沿いに流れ、西光寺付近で天降川に合流する。
  • 中津川、石坂川、久留味川、馬渡川、万膳川など

歴史と河川改修

『三国名勝図会』によると、天降川の名称は水源が天孫降臨説話の地とされる霧島山にあることに由来する。ただし、江戸時代においてこの名称は一般的ではなく、上・中流部は金山川や安楽川、下流部は大津川や広瀬川と呼ばれていた。

江戸時代初期以前の河口は現在地より約2km東方にあり、現在の霧島市中心市街地にあたる地域は海へ続く河道や湿地帯であった。下流部では洪水が頻発したため、寛文元年(1661年)に薩摩藩主島津光久の命により大規模な流路変更工事が着手された。台下にトンネルを掘削して土砂を海へ流す工法が用いられ、約4年をかけて現在の放水路が開削された。

「天降川」の名称は、昭和16年(1941年)に当時の牧園町長が鹿児島県知事に請願したことによって復活した。

産業および観光

中流部から下流部にかけては温泉地が多く、新川渓谷温泉郷、妙見温泉、日当山温泉などが知られている。また、川底の石が回転して岩盤を削った「馬込甌穴群」などの地形景観も見られる。

春先に行われる天降川の伝統的な稚アユ漁の様子
天降川の稚アユ漁(4月)

春先に行われる稚アユ漁はよく知られており、漁獲された稚アユは放流用や養殖用として各地に出荷されている。さらに、中流部の水天淵付近から分岐する宮内原用水路は、鹿児島神宮を経由して周辺の田畑を潤している。

霧島市の隼人塚付近を流れる宮内原用水路の様子
霧島市・ 隼人塚 付近の宮内原用水路

よくある質問

天降川の由来は何ですか?
『三国名勝図会』によると、天孫降臨説話の地とされる霧島山を水源とすることに由来しています。
天降川の流路はいつ変更されましたか?
江戸時代初期の寛文元年(1661年)に薩摩藩主島津光久の命令が下され、翌年から約4年間をかけて現在の放水路が開削されました。
天降川流域にある主な温泉地にはどのようなものがありますか?
新川渓谷温泉郷、妙見温泉、日当山温泉などが流域に位置しています。

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参考文献

  1. 天降川 [4600250001] 天降川水系 地図| 国土数値情報河川データセット, ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities, 2026年6月9日閲覧。
  2. 天降川 - 川の名前を調べる地図, 川の名前を調べる地図, 2026年6月9日閲覧。
  3. 霧島市広報広聴課編 『広報きりしま vol.71』 霧島市、2009年2月
  4. 天降川の川筋直し研究会編 『天降川の川筋直し −江戸初期の大工事−』 2001年
  5. 牧園町郷土誌編さん委員会編 『牧園町郷土誌』 川畑義照、1991年