日本の自治体
荒川区:東京都北東部の特別区

荒川区は東京都の北東部に位置する特別区です。隅田川沿いの歴史や地理、再開発による近年の変化について解説します。
📌 主なポイント
- ✓荒川区は1932年に北豊島郡の4町が合併して発足した。
- ✓区の面積は10.16km²で、東京23区の中で22番目の広さである。
- ✓南千住地区を中心に大規模な再開発が行われ、近年人口が増加傾向にある。
荒川区(あらかわく)は、東京都の区部北東部に位置する特別区の一つです。東西に細長い地形をしており、北側は隅田川を境界として足立区などと接しています。
地理
区内の大部分は低地で平坦な地形ですが、西日暮里地区の一部には山手台地が広がっており、標高は西日暮里三丁目付近で海抜20.9mに達します。地質学的には、台地部が関東ローム層などの洪積層、平地部は沖積層から構成されています。面積は10.16km²で、東京23区の中では比較的小規模な自治体です。
歴史
江戸時代には農村地帯でしたが、明治期に入ると隅田川の水を利用した工場が相次いで建設され、工業化が急速に進展しました。南千住駅の西側には、かつて江戸の三大刑場の一つである小塚原刑場が存在していました。
1932年(昭和7年)、東京市の市域拡張に伴い、北豊島郡の南千住町、三河島町、尾久町、日暮里町の4町が合併し、東京市荒川区が誕生しました。1947年(昭和22年)の地方自治法施行により、現在の特別区となりました。
再開発と近年の動向
近年、荒川区では工場跡地を活用した大規模な再開発事業が進行しています。特に南千住地区の再開発は、東京都内でも最大級の規模を誇ります。これに伴い、大規模なマンション建設が相次ぎ、ファミリー層を中心とした人口流入が見られます。1990年代まで減少傾向にあった人口は増加に転じており、住宅地としての注目度も高まっています。
区名の由来
区名は河川名の「荒川」に由来します。かつては現在の隅田川が荒川の本流でしたが、1965年(昭和40年)の河川法制定に伴い、岩淵水門から下流の荒川支流が正式に「隅田川」と呼称されるようになりました。現在、区内を流れる河川は隅田川ですが、区名はそのまま継承されています。
よくある質問
荒川区の区名の由来は何ですか?
河川名の「荒川」に由来します。かつては現在の隅田川が荒川の本流でしたが、河川法制定により名称が整理された後も、区名は変更されずに現在に至ります。
荒川区の地形の特徴は?
区の大部分は低地で平坦ですが、西日暮里地区の一部には山手台地が含まれており、標高差が見られるのが特徴です。
荒川区の人口は増えていますか?
1990年代までは減少傾向にありましたが、大規模な再開発やマンション建設が進んだことにより、近年は増加に転じています。
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参考文献
- 荒川区地域防災計画 第1部 総則(荒川区、2021年)
- あらかわを知る(荒川区公式ウェブサイト)
- 東京都総務局統計部「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」