日本の野球選手

浅野勝三郎:昭和初期に活躍した日本のプロ野球選手

昭和初期に阪急軍などで投手および外野手として活躍したプロ野球選手、浅野勝三郎の経歴や記録について紹介します。

📌 主なポイント

  • 1915年10月1日生まれ、兵庫県出身。
  • 1936年に阪急軍へ入団し、プロ野球史上初の左投げ二塁手を記録した。
  • 1940年4月14日の大阪タイガース戦でノーヒットノーランを達成した。

浅野 勝三郎(あさの かつさぶろう、1915年10月1日 - 没年不明)は、兵庫県出身のプロ野球選手。投手および外野手を務めた。旧姓は山田。

来歴・人物

明石中学校時代は外野手としてプレーし、全明石のエースピッチャーとしても活躍した。1936年に阪急軍へ入団し、同年4月29日に開催された球団初の公式戦(対東京セネタース戦、甲子園)に2番手投手として登板した。その後、守備位置の変更により二塁の守備にも就き、プロ野球史上初の左投げ二塁手となった。

プロ選手としての登録名は、1936年から1937年まで「山田 勝三郎」、1938年から1946年までは「浅野 勝三郎」とした。1940年4月14日の大阪タイガース戦ではノーヒットノーランを達成している。1946年にセネタースに所属したのを最後に現役を引退した。

主な記録

  • ノーヒットノーラン:1回(1940年4月14日、対大阪タイガース戦、阪神甲子園球場 ※史上6人目)

よくある質問

浅野勝三郎の選手としての主なポジションは何ですか?
投手および外野手を務めました。
浅野勝三郎がノーヒットノーランを達成したのはいつですか?
1940年4月14日の対大阪タイガース戦で達成しました。
現役時代に所属したプロ野球チームはどこですか?
阪急軍とセネタースに所属していました。

関連記事

オリックス・バファローズの選手一覧北海道日本ハムファイターズの選手一覧ノーヒットノーラン達成者一覧兵庫県出身の人物一覧

参考文献

日本プロ野球記録大百科 2004(2004年、ベースボール・マガジン社)
プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)