社会共同体
新しき村:武者小路実篤が提唱した理想郷共同体

武者小路実篤らにより1918年に創設された「新しき村」の歴史、理念、現在の運営状況について解説します。農業を通じた自給自足と精神的成長を目指す共同体の歩みを詳述。
📌 主なポイント
- ✓1918年に武者小路実篤らによって創設された共同体である。
- ✓埼玉県毛呂山町と宮崎県木城町の2箇所に拠点を持つ。
- ✓農業を通じた自給自足と、個人の精神的成長を目的としている。
- ✓2023年2月時点での村内生活者数は3人である。
新しき村(あたらしきむら)は、作家の武者小路実篤らが中心となり、理想郷の実現を目指して創設された村落共同体です。現在は公益財団法人として運営されており、埼玉県入間郡毛呂山町および宮崎県児湯郡木城町に拠点を置いています。

歴史と変遷
1918年(大正7年)11月14日、武者小路実篤とその同志により、宮崎県児湯郡木城村(当時)に最初の村が開かれました。この地は小丸川の蛇行部に位置する丘陵地で、戦国時代の新納石城跡でもあります。

1938年(昭和13年)、ダム建設に伴う農地水没の影響を受け、1939年(昭和14年)に埼玉県毛呂山町へ移転(東の村)しました。宮崎の地はその後「日向新しき村」として存続しています。戦後、養鶏を中心とした自給自足体制が確立され、1958年には村外からの支援なしで自活可能な状態となりました。1960年代から70年代にかけては若者の移住も相次ぎ、村民数は60人を超えた時期もありました。

理念と生活
新しき村は、単なる生活の場ではなく、精神的な成長を目的とした共同体です。階級や貧富の格差を排し、農業を主とした共同生活を営みます。労働は「1日6時間、週休1日」を目安とし、余暇には自己を生かす活動が奨励されています。私有財産を全否定するものではありませんが、三食と住居は村から提供される仕組みです。

現在の状況
近年は高齢化や農業収入の低迷により、運営面で課題に直面しています。2013年時点で村内生活者は13人でしたが、その後も減少が続き、2023年2月時点では3人となっています。村の存続を願い、2018年には村外会員による「日々新しき村の会」が発足しました。現在も景観の整備や新たな入村者の確保に向けた取り組みが続けられています。





よくある質問
新しき村は誰が創設しましたか?
作家の武者小路実篤とその同志たちによって創設されました。
新しき村の主な目的は何ですか?
社会階級や貧富の格差を排し、農業を中心とした共同生活を通じて、各個人の精神的成長と天命を全うすることを目的としています。
現在も入村することは可能ですか?
運営状況の変化はありますが、村の存続に向けた活動が続けられており、入村者や来訪者の確保を目指しています。
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参考文献
- 朝日新聞夕刊2023年2月13日1面「武者小路実篤の『新しき村』『村民』今は3人 次の100年願う」
- 木城町役場教育課「日向新しき村」(2024年5月29日)
- 一般財団法人新しき村 公式ウェブサイト