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オースチン・モーター・カンパニーの歴史と自動車製造

オースチン・モーター・カンパニーの歴史と自動車製造
イギリスの歴史的自動車メーカー、オースチン・モーター・カンパニーの設立から発展、BMC傘下での展開、日産との提携までを解説する百科事典記事。

📌 主なポイント

  • 1905年にハーバート・オースチンによってイギリスのロングブリッジで設立された。
  • 1922年に発売された小型車「オースチン・7」は大衆車市場で大きな成功を収めた。
  • 1952年にナッフィールド・オーガニゼーションと合併し、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)となった。
  • 1952年に日産自動車と提携し、日本国内でのノックダウン生産および技術導入が行われた。

オースチン(The Austin Motor Company)は、1905年にハーバート・オースチンによってイギリス・バーミンガム郊外のロングブリッジに設立された歴史的な自動車メーカーである。イギリスの自動車産業において長年にわたり主要な役割を果たしたのち、企業の合併や再編を経て、ブランドは1987年まで使用された。

1910年頃、ロンドン・ロング・エイカー通りにあったオースチンモータースのショールーム
1910年頃、ロンドン・ロング・エイカー通りにあったオースチンモータースのショールーム。

ハーバート・オースチン時代(1905年-1941年)

創業者であるハーバート・オースチンは、かつてウーズレー・ツール&モーター・カー・カンパニーで工場長を務め、1896年から自動車製作に携わっていた人物である。1905年に独立してオースチン・モーター・カンパニーを立ち上げ、初期には保守的な大型モデルを製造した。第一次世界大戦の勃発に伴い、イギリス政府の要請を受けて軍需品の生産を急拡大させ、従業員数が大幅に増加するなど企業規模が急成長した。

戦後は単一のエンジン設計を軸にしたワンモデル・ポリシーを掲げたものの需要が追いつかず、1921年に一時管財人の管理下に入る経営危機を経験した。しかし財務整理を経て立て直しに成功し、1922年には小型車市場に向けた「オースチン・12」および「オースチン・7(セブン)」を投入した。

オースチン 7 ボックスサルーン 1926年型
オースチン 7 ボックスサルーン 1926年型

特に「オースチン・7」は小型・低価格で大衆車市場を開拓し、海外の複数メーカー(ドイツのデキシーやアメリカのバンタムなど)でライセンス生産されるなど世界的な成功を収めた。このモデルの設計やデザインは、日本のダットソンなどにも影響を与えたとされる。また、1929年から1934年にかけてはアメリカ子会社が活動するなど、国際的な展開も見せた。

オースチン・12 hp アスコット 1935年型
オースチン・12 hp アスコット 1935年型
オースチンのボンネットの装飾品
オースチンのボンネットの装飾品

第二次世界大戦後とBMCの形成

第二次世界大戦中も車両や航空機部品の生産を続けたオースチンは、1945年から戦後型の生産を開始した。1952年にはナッフィールド・オーガニゼーションと合併し、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が発足した。これに伴い、オースチンのエンジンや技術がグループ内の多くの車種に採用されるようになった。

また、1952年には日本の日産自動車と提携し、オースチン車のノックダウン生産および部品の現地化を進める契約を締結した。日産はA50などのモデルを組み立て、やがて完全国産化を達成するなど、日本自動車産業の黎明期に技術的な影響を与えた。

ミニ マーク I のオースチン版
7(ミニ マーク I ) オースチン版はさざなみグリルが特徴

1959年には、アレック・イシゴニスが設計した革命的な小型車「ミニ」が誕生した。オースチン版は当初「7」の名称で販売され、横置きエンジンと前輪駆動を組み合わせた革新的なパッケージングは、その後の同社の多くのモデルに継承された。

その後の展開とブランドの消長

1960年代以降、ブリティッシュ・レイランドなどの度重なる組織再編や経営統合を経て、オースチンは低価格帯のブランドとして位置づけられた。メトロやマエストロ、モンテゴといった車種が投入されたが、1987年にオースチンとしてのブランド展開は終息を迎えた。

オースチン・メトロ(1983年型)
オースチン・メトロ(1983年型)
モンテゴ
モンテゴ

ブランドの商標権はその後、BMWやMGローバーを経て、中華人民共和国の南京汽車の所有するところとなった。

よくある質問

オースチン・モーター・カンパニーはいつ設立されましたか?
1905年にハーバート・オースチンによってイギリスのバーミンガム郊外ロングブリッジに設立されました。
代表的な車種であるオースチン・7はどのような車ですか?
1922年に投入された小型で安価な大衆車であり、国内外の多くのメーカーにライセンス生産されるなど大きな成功を収めました。
日産自動車との関係はどのようなものですか?
1952年に締結された契約に基づき、日産自動車がオースチン車のノックダウン生産を行い、のちに部品の完全国産化を達成しました。
オースチンブランドは現在どこが所有していますか?
数度の経営変遷を経て、現在は中国の南京汽車が商標権を保持しています。

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参考文献

  • “Austin Motor Company, Ltd.” (英語). ブリタニカ百科事典. 2026年6月6日閲覧。