オーストラリアの文学:歴史と発展

📌 主なポイント
- ✓オーストラリア文学は18世紀のイギリス人入植に伴うイギリス文学の移入から始まった。
- ✓1973年にパトリック・ホワイトがオーストラリアの作家として初めてノーベル文学賞を受賞した。
- ✓バンジョー・パターソンやアダム・リンゼイ・ゴードンらが初期のオーストラリア文学を代表する詩人・作家として知られる。
オーストラリア文学(オーストラリアぶんがく、英語: Australian literature)とは、オーストラリアにおいて執筆、あるいは出版された文学作品全般を指す。18世紀の入植以降、イギリス文学の移入から始まり、独自の文化的アイデンティティを形成しながら発展してきた。
歴史
植民地時代 (1788年-1880年)
18世紀後半にイギリスによる入植が始まって以降、オーストラリアに移住した人々は主に本国から持ち込まれたイギリス文学を読んでいた。19世紀になると、イギリス人作家らによってオーストラリアを舞台にした小説が発表されるようになる。19世紀後半には、オーストラリア固有の詩人や作家が登場した。詩人のアダム・リンゼイ・ゴードンは、当時からオーストラリアで広く親しまれた人物であり、イングランドで教育を受けた後に20歳でオーストラリアへ渡り、『Sea Spray and Smoke Drift』(1867年)や『Bush Ballads and Galloping Rhyme』(1870年)などの作品を残した。

国民主義時代 (1880年-1920年)
19世紀末にかけて、イギリス英語とは異なる独自の語彙や表現を持つオーストラリア英語が確立されていった。バンジョー・パターソンは、1889年に民謡調の詩「オーバーフロウ村のクランシー」を発表した。また、1850年代以降のゴールドラッシュを背景に、マーカス・クラークの『命あるかぎり』(1874年)やヘンリー・キングスリーの『ジェフリー・ハムリンの回想』(1859年)といった小説が発表された。
20世紀以降の展開
20世紀に入ると、オーストラリア文学はさらに多様化を見せた。後半以降は非白人や先住民の作家も頭角を現すようになる。先住民出身のデイビッド・ユナイポンは伝統的な伝承を英語で著し、ジャック・デイビスは詩集『いずこへ』などを通じて白人による同化政策を批判した。また、ベトナム系などの移民背景を持つ作家も活動を行っている。
国際的な評価の面では、1973年にパトリック・ホワイトがオーストラリアの作家として初めてノーベル文学賞を受賞した。さらに、ピーター・ケアリーがブッカー賞を2度受賞するなど、現代に至るまで多くの優れた作家が輩出されている。SFやファンタジー、海洋冒険小説の分野でも、グレッグ・イーガンやガース・ニクスらが活躍している。また、南アフリカ出身で2003年にノーベル文学賞を受賞したJ. M. クッツェーは、のちにオーストラリアの市民権を取得して同国で活動している。