1915年の航空史:第一次世界大戦下の技術革新と戦術の変遷

📌 主なポイント
- ✓1915年1月、ドイツ軍の飛行船によるイギリス本土への初の空襲が行われた。
- ✓8月12日、ショート 184水上機により史上初の空中発射魚雷攻撃が成功した。
- ✓12月、全金属製航空機であるユンカース J1が初飛行した。
- ✓3月3日、アメリカ航空諮問委員会(NACA)が設立された。
1915年は、第一次世界大戦の勃発から1年が経過し、航空機が偵察機としての役割から、本格的な兵器プラットフォームへと急速に進化を遂げた年です。空中戦の概念が確立され、爆撃や魚雷攻撃といった新たな戦術が戦場で試行されました。
軍事航空の発展と空中戦の黎明
1915年初頭、航空機は主に偵察任務に使用されていましたが、武装化が進むことで戦闘機という新たなカテゴリーが生まれました。2月には、機関銃を装備したヴィッカース F.B.5がイギリス陸軍航空隊に配備され、戦闘機部隊が編成されました。

4月1日には、フランスのパイロットであるローラン・ギャロスが、プロペラ回転面を通して射撃可能な同調装置の初期的な形態を用いて敵機を撃墜しました。これは航空機による機銃撃墜の先駆けとなりました。また、空中戦の激化に伴い、撃墜王(エース・パイロット)という概念もこの時期から注目されるようになり、ジョルジュ・ギンヌメールなどが最初の戦果を記録しています。
戦略爆撃と新技術の導入
ドイツ軍は飛行船(ツェッペリン)を用いたイギリス本土への空襲を開始し、1月19日から20日にかけて初の空襲が行われました。これに対し、連合国側も航空機による爆撃作戦を強化し、11月17日にはフランス空軍がミュンヘンを爆撃しました。
技術面では、8月12日にダーダネルス海峡において、水上機母艦ベン・マイ・クリーから発進したショート 184水上機が魚雷を投下し、トルコの船舶に命中させるという、史上初の空中発射魚雷攻撃が成功しました。また、12月には全金属製のユンカース J1が初飛行し、航空機構造の将来を予見させる重要な進歩が見られました。

主要な機体の初飛行
この年は多くの新型機が初飛行を迎えました。以下は1915年に初飛行した代表的な機体です。
- エアコー DH.1(1月)
- スパッド A.2(5月)
- エアコー DH.2(7月)
- Sopwith 1½ Strutter(12月)
- ハンドレページ O/400(12月)



民間および組織の動き
軍事面以外では、3月3日にアメリカ航空諮問委員会(NACA、現在のNASAの前身の一つ)が発足し、航空技術の科学的研究体制が整えられました。また、日本国内では伊藤音次郎が千葉県稲毛海岸に伊藤飛行機研究所を設立するなど、民間レベルでの航空教育や研究も進展を見せました。
よくある質問
1915年に航空機による魚雷攻撃は行われましたか?
1915年に設立された重要な航空機関はありますか?
全金属製の航空機はいつ登場しましたか?
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参考文献
- 航空に関する年表(各航空史資料)
- 第一次世界大戦における航空戦の記録