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ベンジャミン・フランクリン・トレイシー

ベンジャミン・フランクリン・トレイシー
ベンジャミン・フランクリン・トレイシーは、アメリカ合衆国の政治家、弁護士。ベンジャミン・ハリソン政権下で海軍長官を務め、近代海軍の構築に尽力した。

📌 主なポイント

  • 1889年から1893年まで第35代アメリカ合衆国海軍長官を務めた。
  • 南北戦争におけるウィルダネスの戦いでの戦功により、1895年に名誉勲章を受勲した。
  • 近代的な戦艦建造を推進し、アメリカ海軍の「青海原の海軍」への転換を主導した。

ベンジャミン・フランクリン・トレイシー(Benjamin Franklin Tracy, 1830年4月26日 - 1915年8月6日)は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士。ベンジャミン・ハリソン大統領の下で、1889年から1893年まで第35代アメリカ合衆国海軍長官を務めた。

ベンジャミン・フランクリン・トレイシーの肖像
ベンジャミン・フランクリン・トレイシー

経歴

1830年、ニューヨーク州オウェゴで生まれる。法律を学び、1851年に弁護士資格を取得した。1853年にはタイオガ郡の地方検事に選出され、その後共和党の結成に関与した。

南北戦争が勃発すると、ニューヨーク州第109志願兵連隊の大佐として従軍。1864年のウィルダネスの戦いに参加し、後に准将に昇格した。終戦後はニューヨーク州東地区の連邦地方検事を務めたほか、ニューヨーク州控訴裁判所の判事としても活動した。

海軍長官としての功績

1889年、ベンジャミン・ハリソン大統領により海軍長官に任命された。当時のアメリカ海軍は南北戦争以降、装備の陳腐化が課題となっていた。トレイシーは、沿岸防衛中心の戦略から、公海上で活動可能な「青海原の海軍(Blue-water navy)」への転換を提唱した。

この戦略的転換において、海軍理論家アルフレッド・セイヤー・マハンの思想が大きな影響を与えた。トレイシーは近代的な戦艦の建造を強力に推進し、1890年の海軍法案成立により、インディアナ級戦艦などの建造が開始された。これらの施策は、後のアメリカ海軍の近代化における重要な転換点となった。

晩年と受勲

海軍長官退任後は弁護士業に戻り、ベネズエラとイギリス間の境界線紛争における和解交渉などを支援した。1895年には、南北戦争時のウィルダネスの戦いにおける功績により、名誉勲章を授与された。1915年、ニューヨーク市で死去し、ブルックリンのグリーンウッド墓地に埋葬された。その功績を記念し、後に駆逐艦「トレイシー(USS Tracy, DD-214)」が建造されている。

よくある質問

ベンジャミン・フランクリン・トレイシーの海軍長官としての主な功績は何ですか?
南北戦争後に陳腐化していた海軍の近代化を推進し、沿岸防衛から公海上で活動する「青海原の海軍」への戦略転換を主導したことです。
トレイシーはなぜ名誉勲章を受勲したのですか?
南北戦争中のウィルダネスの戦いにおいて、連隊を統率し、戦線を改善・維持した功績が評価されたためです。

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参考文献

  • Civil Way Medal of Honor Recipients - 合衆国陸軍のウェブサイトによる、南北戦争における名誉勲章受勲者の紹介