炭鉱の捨石集積場「ボタ山」の歴史と管理・利活用

📌 主なポイント
- ✓ボタ山は石炭採掘に伴う坑道掘削や選炭で生じた岩石廃棄物の集積地である。
- ✓捨石に含まれる石炭分が原因で自然発火し、長期にわたって火災がくすぶる事例がある。
- ✓鉱山保安法や地すべり等防止法により、捨石集積場として厳格な管理が義務づけられている。
- ✓閉山後は、太陽光発電施設の敷地や観光・森林公園として再利用される例がある。
ボタ山(ぼたやま)は、石炭や亜炭の採掘に伴う坑道掘削や選炭の過程で生じた岩石廃棄物(ボタ)が集積してできた人工的な地形である。漢字では硬山と書き、地域によってはズリ山とも称される。

炭鉱での採掘時に発生する捨石は、トロッコやベルトコンベアなどの機力を用いて長年積み上げられることで山を形成した。筑豊炭田などの記録によると、ボタ山が特徴的な円錐型(ピラミッド型)になったのは昭和に入ってからのことであるとされる。
組成と自然発火の課題
ボタ山の組成は炭鉱によって異なり、例えば福岡県糟屋郡篠栗町の高田炭坑では大部分が黒っぽい頁岩であったのに対し、常磐炭坑では大半が砂岩であったとされる。また、品質が低いとはいえ捨石の中には石炭分が残存している場合があり、これが原因で自然発火や延焼を引き起こすことがある。
自然発火による火災が発生すると、一酸化炭素中毒や臭気が問題となる。消火活動は極めて困難であるため、自然状態下での鎮火を待つ手法が採られることが多い。例えば、2017年に佐賀県多久市で発生したボタ山火災では、定期的な放水が行われたものの長期間くすぶり続けた。

法令による管理と崩壊事故
日本の鉱山保安法においては、ボタ山は「捨石集積場」と呼ばれる。比高が数十メートルから100メートルを超えるものもあり、安定性に欠けて崩壊しやすい特性を持つ。そのため、鉱業権者には鉱山保安法、地すべり等防止法、森林法などの法令に基づく維持管理が義務づけられている。
国内外では過去に大規模な崩壊事故が発生している。日本では1955年の長崎県における安倍鉱業ボタ山崩落事故や、1960年の福岡県大峰炭鉱での崩壊事故などが記録されている。また、イギリスの南ウェールズでは1966年にアベルヴァン炭鉱のボタ山が長雨により崩壊し、大規模な人的被害を出した歴史がある。
利活用と保全の動向
選炭技術が未熟だった時代には、ボタ山から微量の石炭を回収する「ボタ水選」が行われたほか、生活困窮者などが石炭を拾い集める「硬拾い(ボタ拾い)」が行われた。現代においては、セメントの副材料、海岸の埋め立て、道路の路盤材料などにボタが利用されてきた。
一方で、炭鉱閉山後の跡地利用が進められており、福岡県水巻町のようにボタ山跡地を平地化して大型商業施設や太陽光発電施設の敷地として活用する例がある。また、北海道の赤平市(赤間炭鉱ズリ山)や岩見沢市(万字炭鉱)などのように、産業遺産としてボタ山を整備し、階段を設けて観光資源や森林公園として活用している自治体も存在する。
よくある質問
ボタ山とは何ですか?
ボタ山で火災が起きるのはなぜですか?
ボタ山はどのように再利用されていますか?
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参考文献
- 坂上務「ボタ山の微気象」農業気象 第15巻 第2号。
- 国際協力機構「II.ボタの有効利用」。
- 赤平観光協会「あかびら炭鉱遺産>ズリ山」。
- 田川市 山本作兵衛コレクション 図録番号418。
- 朝日新聞「約6年半くすぶり続けたボタ山火災、『終息』」2023年。