日本の元号
文安 (元号)
文安(ぶんあん)は、日本の元号の一つ。1444年から1449年までの期間を指し、室町時代の後花園天皇の治世下で使用されました。
📌 主なポイント
- ✓文安は1444年から1449年まで使用された日本の元号である。
- ✓改元の理由は、甲子革令に伴うものである。
- ✓文安元年には京都で北野麹座が没落する「文安の麹騒動」が発生した。
- ✓文安6年に足利義政が征夷大将軍に宣下された。
文安(ぶんあん)は、日本の元号の一つ。嘉吉の後、宝徳の前にあたり、1444年から1449年までの期間を指す。この時代の天皇は後花園天皇である。
改元
嘉吉4年2月5日(ユリウス暦1444年2月23日)、甲子革令に当たるため改元された。その後、文安6年7月28日(ユリウス暦1449年8月16日)に宝徳へと改元された。
出典
元号の出典は、『晋書』の「尊文安漢社稷」および『尚書』の「欽明文思安安」とされる。
文安期におきた出来事
- 文安の麹騒動:文安元年(1444年)4月、京都における麹の製造・販売を独占していた北野麹座が、幕府の攻撃を受けて没落した。
- 足利義政の将軍宣下:文安6年(1449年)4月29日、足利義成(後の義政)が征夷大将軍の宣下を受け、6年間にわたる将軍空位状態が解消された。
主な人物
出生
- 大内政弘(文安3年 - 明応4年):守護大名。
- 柳原量光(文安5年 - 永正7年):公家。
よくある質問
文安の読み方は?
「ぶんあん」と読みます。
文安の元号はいつまで続きましたか?
文安6年(1449年)7月28日まで使用されました。
文安の出典は何ですか?
『晋書』の「尊文安漢社稷」および『尚書』の「欽明文思安安」が出典とされています。
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参考文献
- 『日本年号大辞典』
- 『国史大辞典』