日本の元号
文応:鎌倉時代の元号
文応(ぶんおう)は、日本の鎌倉時代に使用された元号で、1260年から1261年まで続きました。亀山天皇の即位に伴う改元や、日蓮による『立正安国論』の提出で知られる時期です。
📌 主なポイント
- ✓文応は1260年から1261年まで続いた日本の元号である。
- ✓亀山天皇の即位に伴う代始改元として制定された。
- ✓出典は中国の歴史書『晋書』劉毅伝である。
- ✓文応元年に日蓮が『立正安国論』を鎌倉幕府へ上呈した。
文応(ぶんおう)は、日本の元号の一つ。正元の後、弘長の前。1260年から1261年までの期間を指す。この時代の天皇は亀山天皇であり、鎌倉幕府の将軍は宗尊親王、執権は北条長時が務めていた。
改元
改元は、亀山天皇の即位に伴う代始改元として行われた。
- 正元2年4月13日(ユリウス暦1260年5月24日):改元。
- 文応2年2月20日(ユリウス暦1261年3月22日):弘長に改元。
出典
元号の出典は、『晋書』劉毅伝にある「大晋之行、坎武興文之応也」という一節に由来する。
文応期におきた出来事
文応年間における歴史的な出来事として、日蓮による『立正安国論』の執筆と幕府への上呈が挙げられる。これは1260年(文応元年)7月16日のこととされる。
西暦との対照表
| 文応元年(庚申) | 一月 | 二月※ | 三月 | 四月 | 五月※ | 六月 | 七月※ | 八月 | 九月※ | 十月※ | 十一月 | 十二月※ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ユリウス暦 | 1260/2/13 | 3/14 | 4/12 | 5/12 | 6/11 | 7/10 | 8/9 | 9/7 | 10/7 | 11/5 | 12/4 | 1261/1/3 |
| 文応二年(辛酉) | 一月 | 二月 | 三月※ | 四月 | 五月※ | 六月 | 七月 | 八月※ | 九月 | 十月※ | 十一月 | 十二月※ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ユリウス暦 | 1261/2/1 | 3/3 | 4/2 | 5/1 | 5/31 | 6/29 | 7/29 | 8/28 | 9/26 | 10/26 | 11/24 | 12/24 |
※は小の月を示す。
よくある質問
文応の期間はいつからいつまでですか?
1260年から1261年までの期間です。
文応の元号の由来は何ですか?
『晋書』劉毅伝にある「大晋之行、坎武興文之応也」という記述から採用されました。
文応期に起きた重要な歴史的出来事は何ですか?
1260年(文応元年)に日蓮が『立正安国論』を執筆し、鎌倉幕府に上呈したことが記録されています。
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参考文献
- 『晋書』劉毅伝
- 『日本年号事典』