日本の元号
文保(日本の元号)
日本の元号の一つである文保(ぶんぽう)の歴史的背景、改元の経緯、当時の天皇や鎌倉幕府の動向、主な出来事について詳しく解説します。
📌 主なポイント
- ✓文保は正和の後、元応の前の元号であり、1317年から1319年までの期間に用いられた。
- ✓元号の典拠は中国の歴史書『梁書』であるとされている。
- ✓文保2年2月26日(1318年)に後醍醐天皇が即位した。
文保(ぶんぽう、旧字体:文󠄁保)は、日本の元号の一つ。正和の後、元応の前で、1317年から1319年までの期間を指す。この時代には花園天皇および後醍醐天皇が即位し、鎌倉幕府では守邦親王が将軍、北条高時が執権を務めていた。
改元の経緯
正和6年2月3日(ユリウス暦1317年3月16日)、大地震などの災害を契機として改元が行われ、文保が立てられた。その後、文保3年4月28日(ユリウス暦1319年5月18日)に元応へと改元された。
出典
元号の由来は、中国の歴史書である『梁書』の記述「姫周基レ文、久保二七百一」に基づくものとされている。
文保期の主な出来事
- 文保元年(1317年)
- 4月:皇位継承争いに関して鎌倉幕府が仲介・介入を行った「文保の和談」が実施される。
- 10月8日:伏見上皇が崩御する。
- 文保2年(1318年)
- 2月26日:後醍醐天皇が即位する。
よくある質問
文保の読み方は何ですか?
「ぶんぽう」と読みます。
文保の期間は何年から何年までですか?
1317年から1319年までの期間です。
文保の次の元号は何ですか?
元応です。
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参考文献
日本歴史学会編『日本史総覧』新人物往来社;『梁書』