日本の元号
文正:室町時代の日本の元号
室町時代にあたる日本の元号「文正(ぶんしょう)」についての解説。寛正の後、応仁の前の1466年から1467年までの期間や、文正の政変などの歴史的出来事を紹介します。
📌 主なポイント
- ✓文正は日本の元号の一つで、1466年から1467年までの期間に用いられた。
- ✓元号の出典は『荀子』の「積文学、正身行」である。
- ✓文正期には文正の政変や御霊合戦が発生し、応仁の乱へと繋がる契機となった。
文正(ぶんしょう、旧字体: 文󠄁正)は、日本の元号の一つである。寛正の後、応仁の前であり、1466年から1467年までの期間を指す。この時代の天皇は後土御門天皇、室町幕府将軍は足利義政であった。
改元と由来
後土御門天皇の代始めにより、寛正7年2月28日(ユリウス暦1466年3月14日)に改元された。その後、文正2年3月5日(ユリウス暦1467年4月9日)に応仁へ改元された。元号の出典は中国の古典である『荀子』の「積文学、正身行」に基づく。
文正期におきた出来事
文正の期間は短かったものの、室町幕府の政治体制やその後の動乱に大きな影響を与える重要な事件が発生した。
- 文正の政変(元年9月6日):諸大名の要求により、将軍・足利義政の側近が追放された政変である。
- 御霊合戦(2年1月18日 - 19日):畠山氏の家督争いに起因する合戦であり、のちの応仁の乱へと繋がる契機となった。
文正期の主な人物
出生
- 元年7月30日(1466年9月9日):足利義稙(義材) - 室町幕府第10代将軍
- 元年(1466年):細川政元 - 室町幕府管領
よくある質問
文正の期間はいつからいつまでですか?
1466年から1467年までの期間です。寛正の後、応仁の前にあたります。
文正の元号の由来は何ですか?
中国の古典である『荀子』の「積文学、正身行」が出典となっています。
文正期に起きた主な歴史的出来事は何ですか?
将軍側近が追放された「文正の政変」や、畠山氏の家督争いによる「御霊合戦」などが発生しました。
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寛正応仁後土御門天皇足利義政文正の政変御霊合戦
参考文献
『荀子』
日本歴史学会編『日本史氏事典』吉川弘文館
日本歴史学会編『日本史氏事典』吉川弘文館