暦法・天文学史
ミャンマーの伝統暦であるビルマ暦の構造と歴史的変遷
ミャンマーで現在も使用されている太陰太陽暦「ビルマ暦(ミャンマー暦)」の歴史的起源、計算システムの変遷、および東南アジア諸国への広がりについて解説します。
📌 主なポイント
- ✓ビルマ暦は、朔望月と恒星年を基にした太陰太陽暦である。
- ✓ヒンドゥー暦の基盤を持ちながら、インドのシステムとは異なりメトン周期を採用している。
- ✓西暦638年3月22日を起点とする計算体系が、ピュー族の国家やパガン王朝を経て継承されてきた。
- ✓ミャンマーでは現在もグレゴリオ暦と並行して公式に用いられ、伝統祭事の基準となっている。
ビルマ暦(ビルマれき、ビルマ語: မြန်မာသက္ကရာဇ်、英語: Burmese Era、略してBE)またはミャンマー暦(Myanmar Era、ME)は、月は朔望月、年は恒星年に基づいて構成されている太陰太陽暦である。この暦は古くからのヒンドゥー暦のシステムを基盤としているが、インドが採用した方式とは異なり、メトン周期を取り入れているのが大きな特徴である。そのため、ヒンドゥー暦の恒星年とメトン周期の太陽年を調和させるために、不定期的な閏月や閏日の追加が行われてきた。
歴史と起源
ビルマ暦の起源については、ビルマ年代記において古代インドの紀元前3102年にまで遡ると記述されている。その後、西暦640年3月21日にパガン王朝のポパ・ソウラハン王が再調整を行い、西暦638年3月22日を開始日とするコーザー・テッカリッが創設されたと伝えられている。
11世紀から13世紀にかけてパガン王朝が台頭すると、その支配地域や周辺の王国にもこの暦が広まった。西のアラカン(現ラカイン州)から、タイ北部、ラオス、さらにはアユタヤ朝やカンボジアに至るまで、19世紀後半に至るまで公式の暦または重要な伝統暦として採用されていた。
計算システムの変遷
ビルマ暦の計算システムは、古代インドの天文学を源流としつつ、独自にメトン周期と結びつけられて発展した。歴史的には、以下のような計算体系の変遷を経てきている。
- スラヤ・スィッダンタ方式:ビルマ暦1215年(西暦1853年)まで用いられた、メトン周期によって閏日・閏月の挿入が決まるシステム。
- タンデイッタ方式:ビルマ暦1215年から1311年(西暦1853年から1950年)にかけて採用された修正メトン周期。
- 現行のビルマ暦:ビルマ暦1312年以降に施行された、ミャンマー暦諮問委員会によるさらに修正されたシステム。
現代における重要性
近代以降、東南アジアの多くの国々ではグレゴリオ暦や独自の仏教暦への移行が進んだが、ミャンマーにおいては現在もグレゴリオ暦と並行してビルマ暦が公式に用いられている。また、同国の新年にあたる伝統祭事「ティンジャン」や、さまざまな仏教関連の祭事の開始日を定める基準としても重要な役割を果たしている。
よくある質問
ビルマ暦とはどのような暦ですか?
月は朔望月、年は恒星年に基づく太陰太陽暦であり、ヒンドゥー暦の系譜を引く一方でメトン周期を採用している点が特徴です。
ビルマ暦は現在でも使われていますか?
はい。ミャンマーでは現在もグレゴリオ暦と並行して公式に用いられており、伝統的な新年の祭事であるティンジャンなどの日付決定に利用されています。
ビルマ暦の起点はいつですか?
歴史的な再調整を経て、西暦638年3月22日を開始日とするコーザー・テッカリッが広く知られています。
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太陰太陽暦メトン周期ヒンドゥー暦ミャンマーの歴史ティンジャン
参考文献
- Irwin, A.M.B. (1909). The Burmese and Arakanese Calendars.
- Eade, J.C. (1989). Southeast Asian Ephemeris: Solar and Planetary Positions, A.D. 638-2000.
- Ohashi, Yukio (2001). Astronomical Tables in East Asia.