チャールズ・ロールズ:ロールス・ロイス共同創業者と航空の先駆者

📌 主なポイント
- ✓1906年にヘンリー・ロイスと共にロールス・ロイスを設立した。
- ✓1910年にイギリス海峡を飛行機で無着陸往復した最初の人物である。
- ✓イギリス人として初めて航空機事故で死亡した人物である。
チャールズ・スチュアート・ロールズ(Charles Stewart Rolls、1877年8月27日 - 1910年7月12日)は、イギリスの自動車および航空の先駆者です。フレデリック・ヘンリー・ロイスと共に高級自動車メーカーであるロールス・ロイスを設立し、自動車産業の発展に寄与しました。また、初期の航空界においても重要な役割を果たし、イギリス人として初めて飛行機事故で亡くなった人物としても歴史に名を残しています。
生い立ちと初期の経歴
ロールズは、初代ランガタク男爵の三男としてロンドンのバークリー・スクエアに生まれました。イートン・カレッジで教育を受けた際、エンジンに対する深い関心から「ダーティ・ロールズ」という渾名で呼ばれていました。その後、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで機械学と応用科学を学びました。
1896年、18歳の時にフランスでプジョーの車両を購入し、自動車への情熱を本格化させました。大学卒業後は蒸気ヨットでの勤務や鉄道会社での経験を経て、1903年にロンドンのフラムで自動車販売店「C.S.Rolls & Co.」を開業しました。

ロールス・ロイスの設立
1904年5月4日、ロールズはヘンリー・エドマンズの仲介により、マンチェスターでヘンリー・ロイスと運命的な出会いを果たしました。ロイスが製造した「ロイス・10HP」の性能に感銘を受けたロールズは、ロイスが生産するすべての車両を販売することに合意しました。1906年には両名によってロールス・ロイス社が正式に設立され、ロールズは技術管理取締役として、同社の販売戦略と財政面を支えました。

航空への情熱と偉業
ロールズは自動車だけでなく、航空分野でも先駆的な活動を行いました。1903年に設立されたロイヤル・エアロ・クラブの創設メンバーであり、気球乗りとしても170回以上の飛行経験を持っていました。1910年6月2日には、ライトフライヤー号を用いてイギリス海峡を無着陸で往復するという偉業を達成し、その功績によりロイヤル・エアロ・クラブから金メダルを授与されました。

事故死
1910年7月12日、ボーンマスのヘンジストベリー飛行場での実演飛行中、乗機であったライトフライヤー号の尾部が破断し、墜落事故を起こしました。この事故によりロールズは32歳で亡くなりました。これはイギリス人として初の航空機事故死となりました。彼の功績を称え、モンマスのアジンコート・スクエアやドーバー港など、ゆかりの地には記念碑や像が建立されています。


よくある質問
チャールズ・ロールズはどのようにしてヘンリー・ロイスと出会いましたか?
ロールズが航空機事故で亡くなったのはいつですか?
ロールズはロールス・ロイス社でどのような役割を果たしましたか?
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参考文献
- Pugh, Peter (2001). The Magic of a Name - The Rolls-Royce Story: The First 40 Years. Icon Books. ISBN 1840461519.
- Vance, James (1992). Ways of the World: A History of the World's Roads and of the Vehicles That Used Them. Rutgers University Press. ISBN 0813526914.
- A Cambridge Alumni Database. University of Cambridge.
- Flight (1910). The Royal Aero Club of the United Kingdom - Official Notices to Members.