地理
成都平原:四川盆地の歴史的な穀倉地帯と地理

中華人民共和国の四川省に位置する成都平原(川西平原)の地理、範囲、気候、および「天府の国」と呼ばれる歴史的背景について解説します。
📌 主なポイント
- ✓成都平原は別名を川西平原とも呼ばれ、中華人民共和国四川省の中央部に位置する。
- ✓総面積は22,900平方キロメートルに及び、成都市や徳陽市、綿陽市などの複数都市にまたがっている。
- ✓戦国時代に建設された水利施設「都江堰」により灌漑され、古くから「天府の国」と呼ばれる豊かな農業地帯を形成している。
成都平原(せいとへいげん、簡体字中国語: 成都平原、拼音: Chéngdū Píngyuán)は、別名を川西平原とも呼ばれ、中華人民共和国の西南部、四川省の中央部に位置する平原です。四川盆地の西部に広がり、古代から中国有数の農業地帯として知られています。

地理的範囲と特徴
成都平原は、北は岷山山脈や九頂山脈に接する綿陽市周辺から、南は長江北岸の楽山市に至るまで広がっています。東は四川盆地の中央を南北に走る竜泉山脈によって区切られ、西は成都市西部の崇州市に至ります。
その総面積は22,900平方キロメートルに及び、成都市、徳陽市、綿陽市、楽山市、眉山市などの複数の県市区にまたがっています。平原の中心部には、都江堰市周辺で山岳部から流出する岷江が形成した約6,000平方キロメートルに及ぶ広大な扇状地が存在します。
気候と農業
この地域は亜熱帯に属しており、土壌は紫色土が主となっています。温暖湿潤な気候と豊かな水資源を背景に、水稲を中心とした農業が盛んに行われており、古くから高い生産力を誇っています。
歴史的背景と「天府の国」
成都平原は、中国において「天府之国」(てんふのくに)という異名を持つ豊かな土地として広く知られています。『三国志』の諸葛亮伝によると、諸葛亮は益州(現在の四川盆地および漢中盆地周辺)について、天然の要害でありながら沃野が千里にわたって広がる天府の土であると評し、漢の劉邦が帝業を成し遂げる基盤となったと述べています。
戦国時代に都江堰市より下流で建設された古代の水利施設である都江堰により、岷江などの水流が効率的に制御・灌漑されるようになりました。この大規模な水利事業の完成により、平原一帯は水害や旱魃のリスクが大幅に軽減され、中国における最も安定した豊かな農業地帯としての地位を確立しました。
よくある質問
成都平原の別名は何ですか?
成都平原は「川西平原」とも呼ばれています。
成都平原が「天府の国」と呼ばれる理由は何ですか?
戦国時代から続く水利施設「都江堰」によって水害や旱魃が防がれ、沃野が広がる極めて豊かな農業地帯として発展したためです。
成都平原の主な農業生産物は何ですか?
温暖な亜熱帯気候と豊かな水資源に恵まれた成都平原では、水稲が主要な農産物となっています。
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参考文献
成都平原 - Wikipedia (https://ja.wikipedia.org/wiki/成都平原)