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チョコレートの歴史と製造工程

チョコレートの歴史と製造工程
カカオの栽培から現代の製造技術、歴史的背景まで、チョコレートに関する事実と科学的背景を解説する百科事典記事。

📌 主なポイント

  • チョコレートの主原料はカカオの種子を発酵・焙煎したカカオマスである。
  • 19世紀のバン・ホーテンによる製法確立やリンツによるコンチングの発明などは「チョコレートの4大技術革命」と呼ばれる。
  • 日本国内におけるチョコレートに関する最古の記録は、1797年に長崎で記された「しょくらあと六つ」である。

チョコレート(英: chocolate)は、カカオの種子を発酵または焙煎したカカオマスを主原料とし、これに砂糖、ココアバター、粉乳などを混ぜて練り固めた菓子である。略してチョコとも呼ばれる。フランス語ではショコラ(chocolat)と称される。

呼称の由来

イギリス人が固形のチョコレートを考案するまでは、チョコレートといえば飲み物を意味していた。今日でもアメリカなどでは「ホット・チョコレート」が日本でいう「ホット・ココア」飲料を指す場合がある。語源については諸説あり、ナワトル語の「ショコラトル(Xocolatl)」に由来し「苦い水」を意味するという説が一般的に知られているが、学術的にはスペイン人がマヤ語の「チョコル(熱い)」とアステカ語の「アトル(水)」を組み合わせて作った新語であるという説も存在する。

歴史的背景

紀元前2000年頃から中央アメリカにおいてカカオの栽培が始められ、アメリカ先住民族の間で嗜好品や薬用として珍重されたほか、マヤ族やアステカ族の間では貨幣としても使用されていた。16世紀に中南米を征服したスペイン人によってヨーロッパへ紹介され、当初は苦味を和らげるためにトウガラシの代わりに砂糖が加えられるようになった。これにより、チョコレートは薬から王侯貴族向けの贅沢な飲み物へと姿を変えていった。

19世紀には近代的な技術革新が相次ぎ、現在の固形チョコレートの形が確立された。1828年にオランダのコンラッド・ヨハネス・バン・ホーテンがココアパウダーとココアバターを分離する製法を確立し、1847年にはイギリスのジョセフ・フライが固形チョコレートを発明した。さらに1875年にはミルクチョコレートが開発され、1879年にはスイスのロドルフ・リンツによってコンチングマシン(精錬機)が発明された。これらの発明は「チョコレートの4大技術革命」と称される。

日本への伝来は江戸時代であり、寛政9年(1797年)の長崎の記録に残る「しょくらあと六つ」が国内における最初の史料とされている。幕末から明治時代にかけて欧米へ派遣された使節団や留学生によって本格的な知識や実物が日本へもたらされた。

製造工程

チョコレートの製造はカカオ豆の収穫と発酵、乾燥から始まる。熱帯地域で収穫されたカカオ豆は現地で発酵・乾燥を経たのち、消費国の工場へと輸送される。工場に到着したカカオ豆は異物を取り除いて選別されたのち、砕かれて外皮と胚芽が取り除かれ、カカオニブとなる。その後、焙煎を経てすりつぶされ、油脂分を多く含むペースト状の「カカオマス」が生成される。

カカオマスにココアバターや砂糖、ミルクなどを混合したのち、ローラー式の粉砕機で極めて細かい微粒子状に砕くことで滑らかな舌触りが生み出される。その後、コンチェと呼ばれる攪拌機で長時間かけて精錬が行われ、温度調整を行うテンパリング(予備結晶化)を経て、型に流し込んで冷却・固化される。

よくある質問

チョコレートの語源は何ですか?
一般にはナワトル語の「ショコラトル(苦い水)」に由来するとされていますが、スペイン人がマヤ語の「チョコル(熱い)」とアステカ語の「アトル(水)」を組み合わせて作ったという説もあります。
日本にチョコレートが初めて伝わったのはいつですか?
江戸時代の寛政9年(1797年)3月に長崎でオランダ人から贈られた記録の中に「しょくらあと六つ」という記載があるのが、国内における最初の史料とされています。
チョコレートの4大技術革命とは何ですか?
バン・ホーテンによるココアパウダーの分離技術、ジョセフ・フライによる固形チョコレートの発明、ミルクチョコレートの開発、そしてロドルフ・リンツによるコンチング(精錬)の発明を指します。

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参考文献

文部科学省『日本食品標準成分表』および日本チョコレート・ココア協会等の公開資料に基づく。