世界遺産・歴史

チョガ・ザンビール:古代エラム王国の聖地とジッグラト

チョガ・ザンビール:古代エラム王国の聖地とジッグラト
イラン・フーゼスターン州にある古代エラム王国の複合遺跡チョガ・ザンビールについて、歴史や世界遺産としての特徴を解説します。

📌 主なポイント

  • チョガ・ザンビールは紀元前1250年ごろにエラム王ウンタシュ・ナピリシャによって建設された。
  • メソポタミア以外では数少ない、保存状態の良いジッグラトが存在する。
  • 1979年にイランで初めてユネスコの世界遺産に登録された。

チョガ・ザンビール(ペルシア語: چغازنبیل)は、古代エラム人が現在のイラン南西部、フーゼスターン州に建設した複合遺跡である。メソポタミア地方以外では数少ない、良好な保存状態を保つジッグラト(階状ピラミッド型の神殿)が存在することで知られており、1979年にイランで初めてユネスコの世界遺産に登録された。

歴史的背景と建設

紀元前1250年ごろ、エラム王国の王であったウンタシュ・ナピリシャによって、都市「ドゥル・アンタシュ(ウンターシュの街)」として建設された。この都市は、守護神であるインシュシナク神への崇敬を示すために作られた宗教的な複合施設であり、高地エラムと低地エラムの神々を統合する新たな宗教の拠点を目指していたと考えられている。しかし、王の死後は大規模な拡張工事が中断され、祭司以外の一般住民が大規模に居住することはなかったと推測されている。

チョガ・ザンビールのジッグラト
チョガ・ザンビールのジッグラト

その後、紀元前640年にアッシリア王アッシュールバニパル率いる軍隊によって破壊されるまで、都市としての機能や放棄されることはなく維持されていた。

遺跡の構造と特徴

チョガ・ザンビールは同心円状の三層の壁によって区画されている最も内側の中心エリアには、主神に捧げられた巨大なジッグラトがそびえ立つ。中間層には多数の神殿が計画的に配置されており、外側エリアには王宮や王室の墓、葬祭施設が設けられていた。1951年から1962年にかけて実施された本格的な考古学調査により、その全貌や高度な建築技術が明らかにされた。

チョガ・ザンビール所在地
チョガ・ザンビール所在地

世界遺産登録

1979年、その文化的・建築的価値が認められ、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。登録基準には、現存する消滅した文化的伝統の稀な証拠であること(基準3)、および人類の歴史上重要な建築様式や技術の集積を示していること(基準4)が挙げられている。

よくある質問

チョガ・ザンビールはどこにありますか?
イラン南西部のフーゼスターン州にあり、デズフールの西方約25km、スーサの南方約45kmに位置しています。
誰によって建設されましたか?
古代エラム王国の王であるウンタシュ・ナピリシャによって建設されました。
いつ世界遺産に登録されましたか?
1979年にユネスコの世界遺産に登録されました。

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参考文献

ユネスコ世界遺産センター公式サイトおよび関連考古学調査報告に基づく。