中国の歴史

中華帝国(1915年-1916年)の成立と崩壊

中華帝国(1915年-1916年)の成立と崩壊
中華民国の大総統であった袁世凱が帝政復活を掲げて樹立した短命政権「中華帝国(1915年-1916年)」の歴史的背景、成立過程、大衆の反発およびその崩壊について解説します。

📌 主なポイント

  • 中華帝国は、1915年末から1916年初めにかけて袁世凱によって樹立された短命な政権である。
  • 皇帝に即位した袁世凱は年号を「洪憲」と定め、共和制を一時的に廃止した。
  • 蔡鍔らによる護国戦争の勃発や内外からの強烈な反発を受け、袁世凱はわずか83日後に帝政の取り消しを宣言した。

中華帝国(ちゅうかていこく)は、中華民国の政治家であった袁世凱が帝政の復活を企図して樹立し、1915年末から1916年初めにかけて存在した短命な政権である。この帝政復活の試みは内外の猛烈な反発を招き、わずか数か月で崩壊した。その結果、中国大陸は各地方の軍閥割拠による分裂時代へと突入することになった。

中国の位置を示す地図
中国の位置

成立の背景と経緯

第2代中華民国臨時大総統に就任した袁世凱は、自身の権力をより強固なものとするために反対派の指導者を次々と排除し、諸外国との関係構築を進めた。1915年8月頃、袁は側近である楊度らに命じて帝政復活を支持する運動を展開させ、同年12月11日には参政院が満場一致で袁を皇帝に推戴した。

袁は形式的に一度は拒絶を示したものの、同日中に再度の請願が行われるとこれを受諾した。1915年12月12日、共和制の廃止と帝政への移行が宣言され、袁世凱が中華帝国の大皇帝に即位した。年号は「洪憲」と定められ、翌1916年は「洪憲元年」と称された。ただし、正式な即位式は行われなかった。

中華帝国の国旗や国章に関連する画像
中華帝国の国旗・国章
中華帝国に関連する資料画像
中華帝国関連資料

国家の象徴と制度

帝政移行に伴い、礼制館が設立され、1915年6月には新たな国歌である「中華雄立宇宙間」が公布された。作詞は廕昌、作曲は王露が担当し、袁の皇帝在位期間を通じて使用された。また、国旗については従来の五色旗を改め、漢族の赤を中心に配し、満州族の黄、モンゴル族の青、ウイグル族の白、チベット族の黒を左右対称の十字で描いたデザインが考案されたが、実際にはX形の十字版などが一般的に使用された。

中華帝国が領有権を主張していた地域を示す地図
中華帝国が領有権を主張していた地域

袁は自らの権力基盤を固めるため、近親者や協力的と見なした有力者に対して次々と爵位を授与した。武義親王には黎元洪が任じられたほか、一等公には竜済光、張勲、馮国璋、段芝貴などが名を連ねた。

洪憲元年の刻印がある10文硬貨
洪憲元年」と入った中華帝国の10文硬貨
左右対称の十字版の国旗
左右対称の十字版の国旗

大衆の反発と護国戦争

袁の皇帝即位は革命派だけでなく、軍部の支持に依存しない独裁体制を恐れた北洋軍の司令官たちからも強く反対された。1915年12月25日、前雲南都督の蔡鍔や雲南都督の唐継尭らが雲南省で反乱を起こし、さらに前江西都督の李烈鈞らも続いて蜂起した。これにより反乱勢力は「護国軍」を結成して護国戦争が勃発し、諸省が相次いで帝国からの独立を宣言した。

北洋軍は装備や訓練の面で優れていたものの、帝国政府から十分な給与が支払われていなかったことなどもあり、護国軍に対して大敗を喫した。国内外からの強い反対と形勢の悪化を受け、列強も袁に対する支持を撤回した。日本も当初の動向から転じて袁の失脚を容認・支持する姿勢に傾いた。

帝政の取り消しとその後

内外からの圧力に直面した袁世凱は、即位式の延期や予算の削減といった譲歩を余儀なくされた。最終的に、1916年317日に梁士詒らと審議を行った結果、同年3月22日に帝政の取り消しが正式に声明された。これにより年号としての「洪憲」は廃止され、民国紀元が復活した。袁が皇帝として過ごした期間は通算で83日間に留まった。

帝政取り消しから間もない1916年6月6日に袁世凱が死去すると、副総統であった黎元洪が大総統に就任し、段祺瑞が国務総理に任命された。しかし中央政府の権威は大きく失墜しており、これを契機に中国は本格的な軍閥割拠の時代へと突入することになった。

よくある質問

中華帝国はいつからいつまで存在しましたか?
1915年12月の即位宣言から、1916年3月22日の帝政取り消し声明までの約83日間存在しました。
中華帝国を樹立した指導者は誰ですか?
中華民国の大総統であった袁世凱が、帝政復活を掲げて自ら皇帝に即位しました。
中華帝国の崩壊を決定づけた要因は何ですか?
雲南省での蔡鍔らによる護国戦争の勃発、各省の独立宣言、北洋軍の敗北、そして国内外からの強い反対や列強の支持撤回が主な要因です。

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参考文献

天児慧『巨龍の胎動 毛沢東VS鄧小平』講談社、2004年。櫻井良樹「近代日中関係の担い手に関する研究(中清派遣隊)」『経済社会総合研究センター』第29巻、2008年。