軍事史

第17師団 (大日本帝国陸軍)

第17師団 (大日本帝国陸軍)
大日本帝国陸軍の第17師団に関する歴史、第二次編成、太平洋戦争中の南方戦線での動向について解説する百科事典記事。

📌 主なポイント

  • 第17師団は1907年11月に初めて編成され、岡山に司令部が置かれた。
  • 1925年の宇垣軍縮によって一度廃止された。
  • 1938年4月に日中戦争の影響で再編成され、中国戦線や南方戦線(ニューブリテン島など)で活動した。

第17師団(だいじゅうななしだん)は、大日本帝国陸軍の師団の一つである。日露戦争後の1907年(明治40年)に初めて編成されたが、その後の軍縮により一度廃止され、日中戦争勃発後の1938年(昭和13年)に再び編成された。

第一次編成と宇垣軍縮

第17師団は1907年(明治40年)11月に、第18師団とともに創設された。同年12月には岡山県岡山市で事務を開始し、翌年3月には同県御津郡伊島村へ司令部を移転した。1915年(大正4年)には満州の遼陽に駐屯し、2年後に岡山へ帰着している。

第十七師団が岡山で1908年11月9日に実施した大観兵式を示す当時の絵葉書
第十七師団が岡山で1908年11月9日に実施した大観兵式 (当時の絵葉書)

第一次世界大戦後の戦後恐慌やシベリア出兵の負担による財政逼迫を受け、日本軍は軍備縮小を迫られた。1922年(大正11年)からの三次にわたる軍縮を経て、1925年(大正14年)の加藤高明内閣によるいわゆる「宇垣軍縮」により、第17師団は第13・第15・第18師団とともに廃止された。

第二次編成と日中戦争・太平洋戦争

日中戦争の勃発に伴い、1925年に廃止された師団番号を利用して1938年(昭和13年)4月に再編成が行われた。新設された5個の警備師団の一つとして、後方任務や占領地警備を目的として中国戦線に投入された。武漢作戦などに参戦した後、治安維持や警備活動に従事した。

太平洋戦争中の1943年(昭和18年)9月に南方へ転用され、ニューブリテン島へ渡った。一部部隊はブーゲンビル島へ分遣されたが、第8方面軍の隷下としてラバウルやツルブなどで連合国軍と対峙し、終戦を迎えた。

よくある質問

第17師団はいつ創設されましたか?
最初の編成は1907年(明治40年)11月13日です。その後、1925年に一度廃止された後、1938年(昭和13年)4月4日に再編成されました。
第17師団が廃止された理由は何ですか?
第一次編成は、第一次世界大戦後の財政逼迫やシベリア出兵の負担に伴う「宇垣軍縮」によって1925年に廃止されました。
第二次編成後の最終的な配属先はどこですか?
太平洋戦争中に南方へ転用され、第8方面軍隷下としてニューブリテン島ラバウルなどで終戦を迎えました。

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参考文献

外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
『官報』