商業・流通史

百貨店(デパートメントストア)の歴史と商業的展開

百貨店(デパートメントストア)の歴史と商業的展開
百貨店(デパートメントストア)の定義、19世紀の欧州における歴史的起源、日本国内における展開やターミナルデパートの成立について解説する事典記事。

📌 主なポイント

  • 百貨店は、単一企業が複数の専門店部門を大規模店舗に集約して運営する小売業態である。
  • 一般に1852年にパリで展開されたボン・マルシェ百貨店が世界初とされる。
  • 日本では1904年の三越呉服店による「デパートメントストア宣言」が近代百貨店の始まりとされる。
  • 経済産業省の統計では、売場面積の50%以上で対面販売を行うことなどが定義の要件に含まれている。

百貨店(ひゃっかてん)あるいはデパートメント・ストア(英: department store)とは、単一の企業が複数の分野の専門店を統一的に運営し、それらを大規模な店舗に集約して多種類の商品を展示・販売する小売業態である。一般にはその店舗自体を指すが、運営する企業組織を指す場合にも用いられる。

概説

名称は数多くの貨物(商品)を取り扱うことに由来する。英語の「Department store」、フランス語の「Grand magasin」、ドイツ語の「Kaufhaus」あるいは「Warenhaus」がこれに相当する。通例として都市の中心市街地に複数のフロアを持つ大規模な建築物を構え、各階に専門の販売員を配置して商品を展開する。

歴史的起源

世界初の百貨店は、一般に1852年にフランス・パリで織物類を扱う店舗から発展したボン・マルシェ百貨店であると考えられている。18世紀のイギリスに端を発した産業革命により市場主義が発達し、商品が市中に大量に流通するようになったことが背景にある。その後、19世紀後半にはパリのプランタンなど、最初から百貨店として開店する店舗も現れた。

アメリカ合衆国においても、19世紀後半にニューヨークのメイシーズなどの大規模小売商が百貨店へと発展した。主な成長要因としては、都市部への人口集中、中間所得層の成長、大量生産体制に伴う流通制度の確立が挙げられる。

日本における展開

日本における百貨店の歴史は、20世紀初頭に遡る。1904年(明治37年)、三越呉服店が顧客に向けて「デパートメントストア宣言」と呼ばれる挨拶状を送り、米国型デパートメントストアの営業方針を掲げたことが一般に日本の百貨店の始まりとされる。

大正時代以降は、私鉄事業者がターミナル駅の駅ビルに店舗を出店するターミナルデパートが誕生した。1925年に開業した阪急マーケット(後の阪急百貨店)がその先駆けとなった。日本の百貨店は呉服店を起源とするものと、電鉄系を起源とするものが存在している。

行政上の定義

日本における経済産業省の商業統計調査の基準では、百貨店を「衣・食・住の商品群の販売額がいずれも10%以上70%未満の範囲内にあると同時に、従業者が常時50人以上おり、かつ売り場面積の50%以上において対面販売を行う業態」と定義している。これは対面販売比率が低い総合スーパーなどとは区別される。

よくある質問

百貨店と総合スーパーの違いは何ですか?
日本の商業統計などの基準では、売場面積の50%以上において対面販売を行う業態が百貨店と定義されており、セルフサービスや対面販売比率が50%以下のものは総合量販店(総合スーパー)として区別されます。
世界初の百貨店はどこですか?
一般に、1852年にフランスのパリで誕生したボン・マルシェ百貨店が世界初であると考えられています。
日本で最初の百貨店はどこですか?
1904年に「デパートメントストア宣言」を発出し、営業を引き継いだ三越呉服店が日本における近代百貨店の始まりとされています。

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参考文献

  • 海野弘『百貨店の博物史』アーツアンドクラフツ、2003年。
  • 商業統計表|業態別統計編 (小売業) 概況 業態分類表 経済産業省、2009年。