ドラクマ:古代ギリシアから現代ギリシャに至る通貨の歴史

📌 主なポイント
- ✓ドラクマの語源は「つかむ」を意味するギリシア語の「ドゥラットー」に由来する。
- ✓古代ギリシアの通貨体系では6オボロスが1ドラクマに相当した。
- ✓2001年のユーロ導入時、1ユーロは340.75ドラクマと設定された。
ドラクマ(ギリシア語: δραχμή)は、古代ギリシアおよびヘレニズム世界において広く流通した通貨単位であり、近代ギリシャにおいてもユーロ導入まで使用されていた通貨の名称です。その名称は「つかむ」を意味するギリシア語の動詞「ドゥラットー(δράττω)」に由来しており、かつて手のひらに収まる量の金属塊を単位としていたことに端を発します。
古代ギリシアにおけるドラクマ
古代ギリシアにおいて、ドラクマは主要な通貨単位として機能しました。紀元前5世紀のアテネで発行された四ドラクマ硬貨は、当時のギリシア世界で最も広く流通した硬貨の一つです。この硬貨の表面にはアテナ女神の胸像が、裏面にはアテナの象徴であるフクロウが刻まれていました。このフクロウの意匠は、現代のギリシャの1ユーロ硬貨にも継承されています。

ドラクマは重さの単位としても用いられ、1ドラクマは約4.3グラムに相当しました。当時の通貨体系は以下の通りです。
- 6オボロス = 1ドラクマ
- 100ドラクマ = 1ミナ
- 60ミナ = 1タレント
※ミナとタレントは主に計算上の単位として用いられました。
アレクサンドロス大王の東征を経て、ドラクマは中東地域まで広く普及しました。この影響は、イスラム圏のディルハムやアルメニアのドラムといった通貨名称の語源にも見られます。また、新約聖書においてもドラクマ銀貨への言及があり、当時の経済生活において不可欠な存在であったことが示されています。
近代ギリシャの通貨としてのドラクマ
1832年、近代ギリシャ国家の成立とともに、ドラクマは再び公式通貨として導入されました。1868年にはラテン通貨連盟に加盟し、フランス・フランと等価の価値を持つ通貨として国際的な基準に組み込まれました。
20世紀に入ると、第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領下で深刻なハイパーインフレーションに見舞われ、通貨価値が著しく低下しました。戦後の経済再建を経て、1954年にはデノミネーションが実施され、新ドラクマが導入されました。
その後、ギリシャは欧州連合(EU)への加盟に伴い、2001年にユーロを導入しました。この際、1ユーロ=340.75ドラクマというレートで交換が行われ、長きにわたるドラクマの歴史は幕を閉じました。
よくある質問
ドラクマの語源は何ですか?
古代のドラクマは現代のいくら位に相当しますか?
ドラクマはいつまで使用されていましたか?
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参考文献
- ルカによる福音書(口語訳) - Wikisource
- マタイによる福音書(口語訳) - Wikisource