日本の元号

永観 (元号)

永観(えいかん)は、日本の平安時代に使用された元号の一つ。983年から985年までの期間を指し、円融天皇および花山天皇の治世と重なる。

📌 主なポイント

  • 永観は983年から985年まで使用された日本の元号である。
  • 出典は『書経』洛誥の一節である。
  • 永観3年に円融上皇の宴で曽禰好忠が暴行を受ける事件が発生した。

永観(えいかん)は、日本の元号の一つ。天元の後、寛和の前にあたり、983年から985年までの期間を指す。この時代の天皇は円融天皇および花山天皇である。

改元

天元6年4月15日(ユリウス暦983年5月29日)に改元が行われ、永観3年4月27日(ユリウス暦985年5月19日)に寛和へ改元された。

出典

元号の出典は『書経』洛誥の「王唏下殷乃承叙万年、其永観朕子、懐厥徳」の一節に由来するとされる。勘申者は不明であるが、改元の詔を執筆したのは慶滋保胤であったと伝えられている。

永観年間の主な出来事

永観年間には、朝廷の権力交代や社会的な出来事が記録されている。

  • 永観2年(984年):高麗人が筑前国に来着した。また、夏には米価が高騰し、11月には破銭法が定められた。同年8月には円融天皇が譲位し、花山天皇が践祚した。
  • 永観3年(985年):2月13日、円融上皇が主催した野遊びの宴において、歌人の曽禰好忠が乱入する事件が発生した。曽禰好忠は藤原実資と藤原朝光の指図により強制的に退出させられ、その直後に会場の外で殿上人たちから暴行を受けるという騒動が起きた。

西暦との対照表

永観元年(癸未)一月※二月三月※四月五月※六月※七月八月※九月十月※十一月十二月
ユリウス暦983/2/163/174/165/156/147/138/119/1010/911/812/7984/1/6
永観二年(甲申)一月二月※三月四月※五月六月※七月※八月九月※十月十一月※十二月
ユリウス暦984/2/53/64/45/46/27/27/318/299/2810/2711/2612/25
永観三年(乙酉)一月二月※三月四月五月※六月七月※八月※閏八月九月※十月十一月※十二月
ユリウス暦985/1/242/233/244/235/236/217/218/199/1710/1711/1512/15986/1/13

※は小の月を示す。

よくある質問

永観の元号はいつからいつまでですか?
983年から985年までの期間です。
永観の出典は何ですか?
『書経』洛誥の「王唏下殷乃承叙万年、其永観朕子、懐厥徳」に由来します。

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参考文献

  • 繁田信一『殴り合う貴族たち 平安朝裏源氏物語』柏書房、2005年、24-25頁。