日本の元号

永久 (元号)

永久(えいきゅう)は、日本の平安時代後期の元号の一つ。1113年から1118年まで使用され、鳥羽天皇の治世にあたる。

📌 主なポイント

  • 永久は平安時代後期の元号で、1113年から1118年まで使用された。
  • 鳥羽天皇の治世下で制定された元号である。
  • 永久元年(1113年)に発生した「永久の強訴」は、北面の武士創設の背景となった。

永久(えいきゅう)は、日本の元号の一つ。天永の後、元永の前にあたり、1113年から1118年までの期間を指す。この時代の天皇は鳥羽天皇である。

改元

天永4年7月13日(ユリウス暦1113年8月25日)、天変や怪異、疫病、戦乱などが重なったことを理由に改元が行われた。その後、永久6年4月3日(ユリウス暦1118年4月25日)に元永へと改元された。

由来

出典は不詳とされるが、『詩経』小雅・六月の「吉甫燕喜、既多受祉、来帰自鎬、我行永久」や、蔡邕『難夏育請伐鮮卑議』の「其設不戦之計、守禦之固者、皆社稷之臣、永久之策也」といった古典に由来すると考えられている。勘申者は式部大輔の菅原在良が務めた。

永久期におきた出来事

永久元年(1113年)3月、興福寺の僧侶数千人による大規模な強訴が発生した。これは「永久の強訴」として知られ、当時の朝廷に大きな衝撃を与えた。この出来事は、後に「北面の武士」が創設される重要な契機の一つとなったとされる。

よくある質問

永久の元号は何年から何年まで続きましたか?
1113年から1118年まで続きました。
永久の元号が制定された理由は?
天変や怪異、疫病、戦乱などが重なったことによる災異改元です。
永久の強訴とは何ですか?
1113年に興福寺の僧侶数千人が行った大規模な強訴で、北面の武士が創設されるきっかけとなりました。

関連記事

鳥羽天皇平安時代北面の武士興福寺

参考文献

河野浩一『平成から大化まで:全元号解説』 KADOKAWA 2019年 ISBN 978-4-04-604301-6 pp.199-201.