歴史

インド皇帝の称号と歴史的変遷

インド皇帝の称号と歴史的変遷
インド皇帝(Empress/Emperor of India)の称号の歴史、ムガル帝国からイギリス領インド帝国に至る変遷、および歴代の君主について解説します。

📌 主なポイント

  • インド皇帝の称号は、ムガル帝国最後の皇帝バハードゥル・シャー2世と、イギリス領インド帝国の君主が使用した。
  • イギリスの君主として初めてインド女帝の称号を帯びたのはヴィクトリア女王である。
  • 1947年のインド・パキスタン独立後、ジョージ6世は1948年に正式にインド皇帝の称号を放棄した。

インド皇帝(英語: Emperor/Empress of India)は、歴史上、ムガル帝国最後の皇帝バハードゥル・シャー2世と、イギリス領インド帝国を統治したイギリスの君主が保持した称号です。この称号は、インド亜大陸における支配権と権威を象徴するものでした。

ムガル帝国とバハードゥル・シャー2世

16世紀以降、インド亜大陸の大部分を統治したムガル帝国の君主は、伝統的に「パーディシャー」という称号を用いていました。1857年のインド大反乱の際、反乱軍はデリーを占領し、ムガル帝国最後の皇帝バハードゥル・シャー2世を「インド皇帝」として擁立しました。しかし、反乱が鎮圧されるとバハードゥル・シャー2世は捕らえられ、1858年にビルマのラングーンへ追放されたことで、ムガル帝国は事実上の終焉を迎えました。

インド皇帝の紋章
インド皇帝の紋章

イギリス領インド帝国の皇帝

東インド会社による統治が終わり、イギリス王室が直接統治を行う体制へ移行した後、1876年にヴィクトリア女王が「インド女帝」として推戴されました。翌1877年1月1日、デリーで開催された戴冠式典(デリー・ダルバール)において正式に即位が発表されました。

1876年の風刺画
ディズレーリがヴィクトリア女王にインドの皇帝冠を捧げる様子を描いた当時の風刺画。

その後、エドワード7世、ジョージ5世、エドワード8世、ジョージ6世へとこの称号は継承されました。特にジョージ5世は、1911年のデリー・ダルバールにおいて自ら戴冠式を執り行いました。君主がインド関連の公文書に署名する際は、自身の名前の後に「Ind. Imp.」(Indiae Imperator/Imperatrixの略)と付記するのが通例でした。

ジョージ6世のモニュメント
マンチェスター・タウン・ホールにあるジョージ6世のモニュメント。称号を放棄する前の銘が刻まれている。

称号の終焉

1947年8月のインドおよびパキスタンの独立に伴い、イギリス君主によるインド支配は終了しました。ジョージ6世が正式に「インド皇帝」の称号を放棄したのは、1948年6月22日のことでした。その後、インドが共和国へ移行するまでの過渡期には「インド王」の地位にありましたが、これらも共和制への完全移行とともに消滅しました。

よくある質問

インド皇帝の称号はいつまで使用されましたか?
1947年のインド・パキスタン独立を経て、1948年6月22日にジョージ6世が正式に放棄するまで使用されました。
ムガル帝国の君主もインド皇帝と自称していましたか?
いいえ、ムガル帝国の君主は「パーディシャー」という称号を用いており、自ら「インド皇帝」と名乗ったことはありません。
インド皇帝の称号を持つ君主はどのように署名していましたか?
自身の名前の後に「R I」(Rex/Regina et Imperator/Imperatrix)や「Ind. Imp.」と記入していました。

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参考文献

君塚直隆『ジョージ五世 大衆民主政治時代の君主』日本経済新聞出版社、2011年、76-78頁。Vickers, Hugo (2006), Elizabeth: The Queen Mother, Arrow Books/Random House, p. 175.