日本の元号
延応:日本の元号(1239年~1240年)
日本の元号の一つである「延応」について解説。1239年から1240年までの期間や、改元の由来、後鳥羽上皇の崩御などの歴史的事実を検証してまとめています。
📌 主なポイント
- ✓延応は暦仁の後、仁治の前にあたる日本の元号である。
- ✓使用期間は1239年から1240年までである。
- ✓改元は暦仁2年2月7日(1239年3月13日)に天変や地震を理由に行われた。
- ✓延応元年2月22日に後鳥羽上皇が隠岐で崩御した。
延応(えんおう・旧字体:延󠄂應)は、日本の元号の一つ。暦仁の後、仁治の前で、1239年から1240年までの期間を指す。この時代における天皇は四条天皇、鎌倉幕府の将軍は藤原頼経、執権は北条泰時であった。
改元
暦仁2年2月7日(ユリウス暦1239年3月13日)、天変や地震を理由として改元が行われた。その後、延応2年7月16日(ユリウス暦1240年8月5日)に仁治へと改元されている。
出典
元号の出典は、古代中国の文集である『文選』巻二十四の潘安仁「為賈謐作贈陸機」にある「廓廟惟清、俊乂是延、摺応嘉挙」の記述に拠るとされる。
延応期の主な出来事
延応元年2月22日、配所の隠岐国にて後鳥羽上皇が崩御した。
西暦との対照表
| 延応元年(己亥) | 一月※ | 二月 | 三月※ | 四月 | 五月※ | 六月※ | 七月 | 八月※ | 九月 | 十月※ | 十一月 | 十二月 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ユリウス暦 | 1239/2/6 | 3/7 | 4/6 | 5/5 | 6/4 | 7/3 | 8/1 | 8/31 | 9/29 | 10/29 | 11/27 | 12/27 |
| 延応二年(庚子) | 一月 | 二月※ | 三月 | 四月※ | 五月 | 六月※ | 七月※ | 八月※ | 九月 | 十月※ | 閏十月 | 十一月 | 十二月 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ユリウス暦 | 1240/1/26 | 2/25 | 3/25 | 4/24 | 5/23 | 6/22 | 7/21 | 8/19 | 9/17 | 10/17 | 11/15 | 12/15 | 1241/1/14 |
※は小の月を示す。
よくある質問
延応の読み方は何ですか?
「えんおう」と読みます。
延応の期間はいつからいつまでですか?
1239年から1240年までの期間を指します。
延応に改元された理由は何ですか?
天変や地震などの災害が背景にあり、暦仁2年2月7日に改元が行われました。
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暦仁仁治四条天皇北条泰時後鳥羽上皇
参考文献
『文選』巻二十四・潘安仁「為賈謐作贈陸機」