日本の元号
延徳という日本の元号について
日本の元号の一つである延徳(1489年〜1492年)について、改元の背景や主な出来事、時代背景を解説する百科事典記事です。
📌 主なポイント
- ✓延徳は日本の元号の一つで、1489年から1492年までの期間を指す。
- ✓元号の由来は『孟子』の「開延道徳」からきている。
- ✓延徳元年2月に銀閣(東山山荘・慈照寺)の上棟式が行われた。
延徳(えんとく、旧字体: 延󠄂德)は、日本の元号の一つ。長享の後、明応の前で、1489年から1492年までの期間を指す。この時代の天皇は後土御門天皇、室町幕府将軍は足利義材であった。
改元の経緯と由来
長享3年8月21日(ユリウス暦1489年9月16日)に改元され、延徳4年7月19日(ユリウス暦1492年8月12日)に明応へと改元された。元号の出典は『孟子』の記述にある「開延道徳」に基づくものとされている。
延徳期の主な出来事
延徳年間には、室町幕府の政治や文化に関連する重要な出来事や、武家社会における勢力争いが発生した。
- 元年2月23日(1489年): 銀閣(東山山荘・慈照寺)の上棟式が執り行われる。
- 元年11月(1489年): 第2次毛利次郎の乱が発生し、私部城で毛利次郎が討死。矢部定利や山名政実らが山名豊時の軍勢に囲まれて自刃する。
出生と死去
延徳の期間中には、戦国時代に活躍する武将の誕生や、室町幕府の有力者たちの死去が相次いだ。
出生
- 1489年(元年): 細川澄元(武将、永正17年死去)
- 1489年(元年): 細川澄之(細川政元の養子、永正4年死去)
- 1491年(3年): 長野業正(武将、箕輪城城主)
死去
- 1490年1月27日(延徳2年1月7日): 足利義政(室町幕府第8代将軍、永享8年出生)
- 1491年1月21日(延徳2年12月18日): 畠山義就(武将、永享9年出生)
- 1491年2月15日(延徳3年1月7日): 足利義視(足利義政の弟、永享11年出生)
- 1491年5月11日(延徳3年4月3日): 足利政知(堀越公方、足利義政の兄、永享7年出生)
よくある質問
延徳の期間はいつからいつまでですか?
1489年から1492年までの期間です。
延徳の前の元号は何ですか?
長享です。
延徳の次の元号は何ですか?
明応です。
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長享明応後土御門天皇足利義材足利義政
参考文献
日本歴史学会編『歴代天皇年表』および各種古典籍データベースに基づく。