日本の歴史・法律
府県会規則の解説と歴史的意義

明治11年に制定された地方自治の基礎「府県会規則」の歴史的背景、制度内容、およびその意義について詳しく解説します。
📌 主なポイント
- ✓府県会規則は1878年7月22日に太政官布告第18号として公布された。
- ✓近代日本において初めて全国の府県に公選による府県会の設置を定めた規則である。
- ✓選挙権と被選挙権には年齢や性別(男子のみ)、および一定額以上の地租納付という制限が課されていた。
府県会規則(ふけんかいきそく、旧字体: 府縣會規則、明治11年7月22日太政官第18号布告)は、明治時代初期の1878年(明治11年)7月22日に公布された日本の法令である。日本の近代地方自治制度および議会制度の出発点となった重要な規則として知られている。
沿革と背景
1878年、いわゆる地方三新法の一つとして太政官布告第18号により発布された。制定以前にも一部の地域で地方民会などが招集された例はあるものの、法制度上の地方議会は存在していなかった。府県会規則によって初めて、全国の府県に公選による府県会が設置されることとなった。なお、当時の適用範囲には北海道や沖縄県は含まれていなかった。

その後、1890年(明治23年)に府県制が施行されたことに伴い、府県会規則は廃止された。
制度の内容
全14条から構成されており、主に地方税の予算や徴収方法、選挙権・被選挙権の規定などが定められていた。
- 目的: 第一条において、府県会は地方税を以て支弁すべき経費の予算及びその徴収方法を議定するものとされた。
- 選挙権・被選挙権: 議員は郡区ごとに5人以下が公選された(第10条)。被選挙権は満25歳以上の男子で3年以上居住し地租10円以上を納める者、選挙権は満20歳以上の男子で地租5円以上を納める者に限られた(第13条・第14条)。
- 権限と議会運営: 議案の提出権は府知事・県令が握っており、府県会が自ら議題を取り上げることはできなかった。また、議決事項の執行には知事等の許可・認可が必要とされた。
歴史的意義と展開
知事による議案提出権の独占や厳しい納税資格制限など、制度的な権限には小さく弱い側面があった。しかし、日本において初めて選挙による地方議会が発足したという点で大きな意義を持ち、のちの自由民権運動の舞台の一つともなった。また、1880年(明治13年)11月の改正では常置委員が置かれるなど、制度の微修正が行われた。
よくある質問
府県会規則とは何ですか?
明治11年(1878年)に制定された、日本の府県に議会である府県会を置くことをはじめて定めた太政官布告です。
府県会規則はいつ廃止されましたか?
1890年(明治23年)の府県制施行に伴い廃止されました。
当時の選挙権にはどのような条件がありましたか?
満20歳以上の男子で、その郡区内に本籍を定め、地租5円以上を納める者に与えられていました。
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参考文献
『法令全書 明治11年』 - 国立国会図書館デジタルコレクション