近代日本の地方行政制度「府県制」の歴史と変遷

📌 主なポイント
- ✓府県制は1890年(明治23年)に法律第35号として初めて公布された。
- ✓1899年(明治32年)の全部改正により、北海道と沖縄を除く全国の府県で新しい府県制が施行された。
- ✓1946年(昭和21年)の改正により、府県知事の公選制が導入されるとともに「道府県制」へと改称された。
- ✓1947年(昭和22年)5月3日の地方自治法施行に伴い廃止された。
府県制(ふけんせい)とは、明治時代以降の日本において地方行政および自治組織の基本を規定した法律、ならびにその制度である。1890年(明治23年)に初めて法制化され、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に日本国憲法および現行の地方自治法が施行されるまで、日本の地方制度の骨格を形作った。

府県制の成立背景と初期の展開
行政区画としての「府」および「県」は、明治維新初期の府藩県三治制や1871年(明治4年)の廃藩置県を経て形成された。当初は中央政府の地方出先機関としての性格が強かったが、1878年(明治11年)の府県会規則などを経て、自治体としての性格を併せ持つようになった。
大日本帝国憲法の下での立憲体制を整えるため、第1次山縣有朋内閣のもとで1890年(明治23年)5月17日に法律第35号として「府県制」が公布された。プロイセン王国の州制度などを範とし、市制や町村制、郡制と並ぶ地方制度の基本法として位置づけられた。しかし、施行にあたっては郡の再編などを条件としたため、実際の適用は地域ごとに順次行われることとなった。
明治32年の全部改正と道府県制への改称
多くの府県で施行が遅れた状況を打破するため、1899年(明治32年)3月16日に法律第64号として「府県制」の全部改正が行われた。これにより、北海道と沖縄県を除く全国の府県で新法が順次施行され、1947年の廃止まで法的基盤として機能し続けた。この改正により、府県に法人格が与えられて自治体としての体勢が強化された一方で、官選知事の権限規定も整備された。
大正から昭和初期にかけても法改正が行われ、1926年(大正15年)には府県会議員選挙における納税額要件が撤廃されて普通選挙制度が導入された。さらに1929年(昭和4年)の改正では、府県が条例および規則を制定する権限が与えられた。
第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)9月27日の改正により、従来の官選知事制から住民による直接選挙(公選制)へと移行し、選挙管理委員会が設置された。また、この時に「北海道会法」や「北海道地方費法」が統合されて「道府県制」へと改称され、北海道も本州などの府県と同様の法体系に組み込まれた。
廃止と現行制度への移行
1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法および現行の地方自治法の全面施行に伴い、「道府県制」は市制や町村制、東京都制とともに廃止され、現在の都道府県制へと引き継がれた。