フスタート:中世エジプトの最初のアラブ首都の歴史と遺跡

📌 主なポイント
- ✓フスタートは641年にアラブ人の将軍アムル・イブン・アル=アースによって建設されたエジプト最初のアラブ首都である。
- ✓12世紀には人口が約20万人に達し、エジプトの商業およびイスラーム陶器生産の中心地として繁栄した。
- ✓1168年、十字軍の侵攻を防ぐための宰相シャーワルの命令による放火で甚大な被害を受け、都市機能はカイロへと移行した。
- ✓現在はカイロ旧市街の一部であり、中世の都市構造が眠る重要な考古学遺跡となっている。
フスタート(アラビア語: الفسطاط)は、641年にアラブ人の将軍アムル・イブン・アル=アースによって建設された、アラブ=イスラーム統治下のエジプトにおける最初の首都である。ナイル川東岸に位置し、長年にわたりエジプトの政治、経済、文化の中心地として重要な役割を果たした。
名称の由来と建設
フスタートという名称は、アラビア語で「大きなテント」や「パビリオン」を意味する「fusṭāṭ」に由来している。伝えられる伝説によれば、アムル・イブン・アル=アースがアレクサンドリア攻略に向かう際、ローマ帝国が築いたバビロン要塞の北側に張ったテントに一羽のハトが巣を作って卵を産んだ。アムルはこの現象を神の啓示と捉え、その宿営地をそのまま残して進軍した。攻略の成功後、その地を首都として定め、テントを意味する名を都市に付けたとされている。
建設当初のフスタートは、北アフリカや東ローマ帝国に対する軍事拠点としての性格が強く、初期の人口の大半は戦士とその家族で占められていた。また、642年にはアフリカ最古とされるアムル・イブン・アル=アース・モスクがこの地に建立された。
経済的繁栄と都市の拡大
フスタートは数世紀にわたり繁栄を極め、ウマイヤ朝やアッバース朝の時代を通じてエジプトにおける支配の中心地であり続けた。人口は9世紀には約12万人に達し、12世紀には約20万人にまで膨れ上がったとされる。
地理学者のイブン=ホウカルや旅行者たちの記録によれば、当時のフスタートにはレンガ造りの高層住宅が立ち並び、市場には世界各地から集まった工芸品、陶器、織物があふれていた。特に10世紀から11世紀にかけては、イスラーム美術およびイスラーム陶器の一大生産拠点として知られ、世界で最も裕福な都市の一つに数えられた。
首都機能の変遷とカイロとの関係
エジプトの首府機能は歴史的経緯により、アッバース朝期のアル・アスカルやトゥールーン朝期のアル・カターイなど、フスタートの周辺都市へ一時的に移動することがあったが、経済的な中心地としてのフスタートの地位は揺るがなかった。
969年、チュニジアを拠点とするファーティマ朝の将軍ジャウハルがエジプトを征服すると、フスタートの北3キロメートルの地点に新たな宮殿都市「アル・カーヒラ(現在のカイロ)」を建設した。971年にカリフ・ムイッズが宮廷をカイロに移したことで政治・行政の中心はカイロへと移行したが、フスタートはその後も経済的首都としての機能を維持し続けた。
1168年の破壊と廃墟化
フスタートの歴史的転換点となったのは1168年である。エルサレム王国の国王アモーリー1世率いる十字軍がエジプトへ侵攻し、近隣の都市を攻略してフスタートへ迫った。当時の宰相シャーワルは、敵軍に都市の資源を渡さないため、そして街を防衛するためにフスタートに火を放つことを命じた。
この大火によりフスタートは灰燼に帰し、商業の中心としての機能は完全に失われた。その後、シリアからの軍隊の援助によって十字軍は撃退されたものの、ファーティマ朝は滅亡し、サラーフッディーン(サラディン)によるアイユーブ朝が成立した。アイユーブ朝の下で、エジプトの中心地は完全にカイロへと一本化された。
現在のフスタートと考古学的調査
中世の栄華を失ったフスタートは、その後数百年にわたり廃墟となり、一部はゴミ捨て場として利用された。今日ではカイロの旧市街(オールド・カイロ)の一部を構成している。
現在、フスタート地区は重要な考古学上の発掘現場となっている。厚く積み重なった灰やゴミの層の下には、1168年の破壊以前の都市構造や道路、中庭を持つ家屋の遺構が良好な状態で保存されており、発掘された出土品はカイロのイスラーム芸術博物館などで展示・保管されている。
よくある質問
フスタートはいつ、誰によって建設されましたか?
フスタートという名前の由来は何ですか?
フスタートが衰退した原因は何ですか?
フスタートの遺跡から出土した資料はどこに展示されていますか?
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参考文献
- Williams, p. 37
- Petersen (1999) p. 44, 91
- Yeomans, p. 15
- Lapidus, p. 41, 52
- 佐藤次高『イスラーム世界の興隆』中央公論新社、2008年。
- Behrens-Abouseif, Doris (1992), Islamic Architecture in Cairo, Brill Publishers, p. 6.