地理・環境・文化
風景の概念と文化的歴史的背景

風景の定義、景観との違い、日本における風景観の歴史や文化的背景について解説する事典記事です。
📌 主なポイント
- ✓風景は一般に主観的な景色や自然を対象とした表現として使われることが多い。
- ✓江戸時代初期には松島、宮島、天橋立が日本三景として定着した。
- ✓1894年に志賀重昂が『日本風景論』を出版し、日本の近代風景観に大きな影響を与えた。
風景(ふうけい)とは、目に見える様子や景色のことを指し、類義語として景観や光景などが挙げられる。絵画や写真の題材、あるいは観光資源として活用されることが多い。

風景と景観の概念的違い
「景観」は客観的な景色やランドスケープを指し、主として都市などの人工的なもの(都市景観など)に用いられることが多い。一方、「風景」は主観的な景色を指し、主に自然に対して使われる傾向がある(自然風景など)。また、光景が瞬間的なものを表すのに対し、景観や風景は持続的なものに対して使われることが多い。

近代合理主義の時代には、景観は客観的記述であり価値を含まないとされ、風景は主観的な情動に基づくものと区別されることがあった。現代においても、「原風景」や「風景美」といった表現には情緒的なニュアンスが残されている。
日本における風景の歴史と展開
日本における風景の観賞には長い歴史があり、古代からの歌枕の伝統が存在した。名歌に詠まれた土地を訪れ、古人を偲んで歌を詠む文化が定着していた。また、中国から伝わった山水画の影響を受け、近江八景などが好んで画題に選ばれた。

江戸時代初期には松島、宮島、天橋立が日本三景として定着したほか、葛飾北斎の「富嶽三十六景」をはじめとする浮世絵や各地の名所図会を通じて、自然風景への関心が高まった。

明治時代に入ると、志賀重昂による『日本風景論』(1894年)が出版され、日本の風景の美しさや変化に富んだ特徴がナショナリズムの観点からも論じられた。この著作は当時の人々に新たな風景観をもたらし、登山ブームや尾瀬、上高地などの自然風景の再評価へとつながった。
よくある質問
風景と景観の違いは何ですか?
景観は客観的な景色や都市などの人工的なものに用いられることが多く、風景は主観的な景色や自然に対して使われることが多いという違いがあります。
日本三景とはどこですか?
松島、宮島、天橋立の3つの地域を指します。
日本の近代風景論のきっかけとなった書籍は何ですか?
1894年に出版された志賀重昂の『日本風景論』が、日本人に新しい風景観をもたらした近代的風景論の代表例とされています。
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参考文献
『月瀬幻影—近代日本風景批評史』中央公論新社、2002年3月、446頁、ISBN 978-4120032509