日本の元号

元応

元応(げんおう)は、日本の元号の一つ。1319年から1321年までの期間を指し、後醍醐天皇の即位に伴い制定されました。歴史的背景や改元の経緯を解説します。

📌 主なポイント

  • 元応は1319年から1321年まで使用された日本の元号である。
  • 後醍醐天皇の即位に伴い、1319年に文保から改元された。
  • 出典は中国の歴史書『唐書』である。

元応(げんおう、旧字体:元應)は、日本の元号の一つ。文保の後、元亨の前。1319年から1321年までの期間を指す。この時代の天皇は後醍醐天皇であり、鎌倉幕府の将軍は守邦親王、執権は北条高時であった。

改元

文保3年4月28日(ユリウス暦1319年5月18日)、後醍醐天皇の即位に伴い改元が行われた。その後、元応3年2月23日(ユリウス暦1321年3月22日)に元亨へと改元された。

出典

元号の出典は『唐書』の一節「陛下富教安人、務農敦本、光復社稷、康済黎元之也」に由来する。

元応期におきた出来事

元応元年(1319年)9月15日、題目宗の日印が鎌倉において、日本の仏教各宗派の僧侶と教義を論じ、これを論破したとされる「鎌倉殿中問答」が行われた。

西暦との対照表

元応元年(己未)一月二月三月※四月五月※六月※七月※閏七月八月※九月十月十一月※十二月
ユリウス暦1319/1/222/213/234/215/216/197/188/169/1510/1411/1312/131320/1/11
元応二年(庚申)一月二月三月※四月※五月六月※七月※八月九月※十月十一月十二月※
ユリウス暦1320/2/103/114/105/96/77/78/59/310/311/112/112/31
元応三年(辛酉)一月二月三月※四月五月※六月七月※八月※九月十月※十一月十二月※
ユリウス暦1321/1/292/283/304/285/286/267/268/249/2210/2211/2012/20

※は小の月を示す。

よくある質問

元応はいつからいつまで続きましたか?
1319年から1321年まで続きました。
元応の元号の由来は何ですか?
『唐書』にある「康済黎元之応也」という一節から採用されました。

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参考文献

『唐書』