日本の元号

元文 (日本)

日本の元号の一つである元文(1736年〜1741年)の歴史、改元にまつわる朝廷内の紛糾、主な出来事や人物について解説する百科事典記事。

📌 主なポイント

  • 元文は享保の後、寛保の前の元号であり、1736年から1741年までの期間を指す。
  • 桜町天皇の即位に伴い、享保21年4月28日に元文へ改元された。
  • 元文年間に大岡忠相の建議による貨幣改鋳(文字金銀の発行)が行われた。

元文(げんぶん、旧字体: 元文󠄁)は、日本の元号の一つ。享保の後、寛保の前。1736年から1741年までの期間を指す。この時代の天皇は桜町天皇、江戸幕府将軍は徳川吉宗である。

改元と朝廷内の動向

享保21年4月28日(1736年6月7日)、桜町天皇の即位に伴い改元が行われた。元文6年2月27日(1741年4月12日)に寛保へ改元されている。

この改元の際、中御門上皇が清原氏系の伏原宣通を勘案者に加えるよう命じたところ、菅原氏系の学者が明経道(清原氏)が紀伝道(菅原氏)の領域を侵すものとして猛反対し、朝廷内部が紛糾した。最終的には桜町天皇の決断によって宣通の起用は中止されたものの、この一件は桜町天皇と関白一条兼香による官制改革のきっかけの一つとなった。

由来

元号の出典は、中国の古文書『文選』にある「武創元基、文集大命、皆体天作制、順時立政、至于帝皇、遂重熙而累盛」の一節から採られたものである。「武によって世を開き、文によって天命を伝え、天に従い、時に随って政事を行えば、国は大いに栄える」という意味を持つ。

元文年間の主な出来事

元文年間には、貨幣の改鋳や大規模な一揆、海外からの船の来航など、経済や社会に影響を与える出来事が発生した。

  • 1736年(元文元年): 大岡忠相の建議により貨幣改鋳が行われ、文字金銀が発行された。同年8月には大岡忠相が寺社奉行に転身した。
  • 1739年(元文四年): 2月に鳥取藩において元文一揆が発生し、因幡・伯耆両国で約5万人が参加する藩政史上最大規模の百姓一揆となった。また同年5月には、ロシア帝国海軍のヴィトゥス・ベーリングが派遣した探検船が日本の仙台湾や房総半島などに来航した(元文の黒船)。

同時代に誕生・死去した人物

元文年間には、後の歴史に名を残す人物の誕生や、著名な学者の死去が見られた。

  • 誕生: 徳川家治(江戸幕府第10代将軍、1737年誕生)、林子平(経世論家、1738年誕生)、後桜町天皇(第117代天皇、1740年誕生)
  • 死去: 伊藤東涯(儒学者、1736年死去)、荷田春満(国学者、1736年死去)、中御門天皇(第114代天皇、1737年死去)

よくある質問

元文の期間はいつからいつまでですか?
1736年から1741年までの期間です。
元文の由来となった書物は何ですか?
中国の古文書である『文選』から採られています。
元文年間に発生した主な経済的政策は何ですか?
大岡忠相の建議による貨幣改鋳と文字金銀の発行が行われました。

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参考文献

久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年) ISBN 4-87294-115-2 P243-246