日本の元号
元亀 (元号)
日本の元号である元亀(1570年-1573年)についての解説。正親町天皇の時代、織田信長と足利義昭の対立が深まる戦国時代の動乱期を概説します。
📌 主なポイント
- ✓元亀は1570年から1573年まで続いた日本の元号である。
- ✓この期間は正親町天皇の治世下であり、室町幕府将軍は足利義昭であった。
- ✓元亀4年7月に天正へ改元され、同年に足利義昭が追放され室町幕府が事実上滅亡した。
元亀(げんき)は、日本の元号の一つ。永禄の後、天正の前にあたり、1570年から1573年までの期間を指す。この時代の天皇は正親町天皇、室町幕府将軍は足利義昭であった。
改元
永禄13年4月23日(ユリウス暦1570年5月27日)、戦乱などの災異を理由に改元が行われた。足利義昭は将軍就任に伴い、自らの権威を示すためにも改元を強く望み、朝廷に対して献金を行うなどしてこれを実現させた。その後、元亀4年7月28日(ユリウス暦1573年8月25日)に天正へと改元された。
出典
元号の出典は、『毛詩』の「憬彼淮夷、来献其琛、元亀象歯犬賂南金」および『文選』の「元亀水処、潜竜蟠於沮沢、応鳴鼓而興雨」とされている。勘申者は式部大輔の高辻長雅が務めた。
元亀期の主な出来事
元亀年間は、織田信長と足利義昭の対立が激化し、室町幕府が事実上の終焉を迎える激動の時期であった。
- 1570年(元亀元年):姉川の戦いが発生。また、織田信長と石山本願寺との抗争が始まる。
- 1571年(元亀二年):織田信長による比叡山焼き討ち(元亀の法難)が発生。
- 1572年(元亀三年):武田信玄による西上作戦が開始され、三方ヶ原の戦いで徳川家康が敗北。
- 1573年(元亀四年):武田信玄が死去。織田信長が足利義昭を京都から追放し、室町幕府が実質的に滅亡した。
なお、元亀2年に武田氏による大規模な三河・遠江侵攻があったと長年されてきたが、近年の研究では、関連文書の再検討により、これは天正3年の出来事である可能性が指摘されている。
よくある質問
元亀の期間はいつからいつまでですか?
1570年から1573年までの期間です。
元亀という元号の由来は何ですか?
『毛詩』および『文選』の記述から採用されました。
元亀の時代に起きた重要な歴史的出来事は?
姉川の戦い、比叡山焼き討ち、三方ヶ原の戦い、そして室町幕府の事実上の滅亡などが挙げられます。
関連記事
永禄天正織田信長足利義昭戦国時代
参考文献
- 『言継卿記』
- 『信長公記』
- 『成慶院過去帳』
- 『引導院過去帳』