ジョージ・バークリー:18世紀アイルランドの哲学者・主教

📌 主なポイント
- ✓ジョージ・バークリーは1685年にアイルランドのキルケニー県で生まれた哲学者・聖職者である。
- ✓「存在することは知覚されることである」という原則を掲げ、物質実体を否定する主観的観念論を提唱した。
- ✓ニュートンの流率法(微積分)における数学的手法に対して厳密性の観点から批判を行った。
ジョージ・バークリー(George Berkeley, 1685年3月12日 - 1753年1月14日)は、アイルランドの哲学者であり、アイルランド国教会の聖職者である。経験論を継承しつつ物質実体の存在を否定し、「存在することは知覚されることである」という独創的な観念論を提唱したことで知られている。

生涯
1685年3月12日、アイルランドのキルケニー県に生まれる。父ウィリアムは軍人であった。1696年にキルケニー大学に入学し、その後ダブリンのトリニティ・カレッジに進学。1707年に同カレッジで修士号を取得し、フェローとして大学に残って研究と教育に従事した。
若年期から意欲的な著作活動を行い、1709年に『視覚新論』を、1710年に主著となる『人知原理論』を刊行した。1713年には『ハイラスとフィロナスの対話』を発表している。1721年にはトリニティ・カレッジで神学博士号を取得した。
1728年から1732年にかけては、アメリカ新大陸での神学校設立を志してロードアイランドのミドルタウンに移住したが、十分な資金が集まらずに帰国を余儀なくされた。その後、1734年にアイルランド国教会の主教に叙任され、生涯を神職および学者として過ごした。1753年1月14日、イングランドのオックスフォードで逝去した。
哲学思想
主観的観念論と物質の否定
バークリーの哲学における最も有名な原則は、「存在することは知覚されることである」(ラテン語: Esse percipi est, 英語: To be is to be perceived)という主張である。彼はジョン・ロックの経験論を受け継ぎ、すべての知識と観念は経験を通じて形成されるとした。
しかし、ロック流の素朴実在論に対して、バークリーはラディカルな異議を唱えた。人間が認識しているものは、あくまで自身の感覚や知覚を通じて得られた「観念」にすぎない。例えば、目の前の机の硬さや世界そのものも、人間の心が知覚している限りにおいて心の中に存在しているのであって、心の外側に独立して存在する「物質的な実体」などというものは認められないと主張した。
彼は物質の存在を否定し、感覚的な観念の原因を神に見出した。世界を構成するのは「知覚する精神(魂)」と「神」のみであり、物質を実体と認めることは唯物論的無神論に結びつくと考えた彼は、自身の哲学が魂の不滅と神の存在を擁護するものであるとした。
抽象観念の否定
また、バークリーは抽象観念の存在を厳しく否定した。個別の事物から共通の性質を抜き出して「一般者」や「抽象観念」を設定する考え方を退け、人間が心に描く観念はつねに具体的な個別のものであるとした。
数学批判
バークリーは哲学のみならず数学の基礎づけにも関心を寄せ、アイザック・ニュークンの流率法(初期の微積分学)に対して批判を展開した。

彼は、微分の計算過程で現れる分数

といった式が論理的に無意味であると指摘した。計算の途中では

が

ではないと仮定しながら、最後に

が

に等しいとみなして辻褄を合わせる推論手法は数学的に厳密ではないと批判した。
主な著作
- 『視覚新論』(1709年)
- 『人知原理論』(1710年)
- 『ハイラスとフィロナスの対話』(1713年)
- 『運動論』(1721年)
- 『アナリスト』(1734年)
よくある質問
ジョージ・バークリーの代表的な哲学的主張は何ですか?
バークリーはどのような分野で業績を残しましたか?
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参考文献
- George Berkeley - Stanford Encyclopedia of Philosophy. 第3.1.1節参照。
- 『人知原理論』序論第6節乃至第25節参照。