日本の歴史・制度
議定官制度の概要と歴史的役割
内閣賞勲局に置かれた賞勲会議を組織し、勲位や勲章の授与・剥奪を審議した官職「議定官」の歴史、任官資格、定員、および該当者について解説します。
📌 主なポイント
- ✓議定官は内閣の賞勲局に設けられた賞勲会議を組織する官職である。
- ✓主な職務は勲位・勲章・年金の授与および剥奪の当否を論じることだった。
- ✓定員は15名であった。
- ✓任官資格は当初、皇族または大臣・陸軍大将・海軍大将など勲一等以上の親任官・勅任官とされた。
議定官(ぎじょうかん)は、かつて日本の内閣に設置された賞勲局において、賞勲会議を組織した官職である。勲位、勲章、および年金の授与や剥奪の当否について審議する役割を担っていた。
任官資格と定員
明治23年(1890年)に制定された賞勲局官制(明治23年勅令第209号)によると、議定官には皇族、または大臣、陸軍大将、海軍大将といった勲一等以上の親任官・勅任官が任じられた。定員は15名と定められていた。
賞勲会議規程の制定
1893年(明治26年)における賞勲局官制の改正に伴い、議定官に関する規定は同官制から削除され、新たに賞勲会議規程(明治26年勅令第117号)が制定された。この規程により、議定官の資格は「勅任官ニシテ勲一等以上」と規定され、皇族が補される場合もあることが定められた。
議定官に補された主な人物
制度運用期間中、多くの高官や皇族が議定官に補された。主な人物としては以下の者が挙げられる。
よくある質問
議定官とはどのような官職ですか?
内閣の賞勲局に置かれた賞勲会議を組織し、勲位・勲章・年金の授与や剥奪の当否を審議した官職です。
議定官の定員は何名でしたか?
定員は15名でした。
どのような人物が議定官に任じられましたか?
皇族をはじめ、伊藤博文や山縣有朋、東郷平八郎など、勲一等以上の親任官・勅任官が任じられました。
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参考文献
賞勲局官制(明治23年勅令第209号)・賞勲会議規程(明治26年勅令第117号)