言語学
中国語の口語文体「白話」の歴史と発展
中国語における書き言葉の一種である「白話」の歴史的背景、唐代から清代までの展開、および近代の白話運動について詳しく解説します。
📌 主なポイント
- ✓白話は、中国語において民間の口語を反映させて作られた書き言葉である。
- ✓唐代の変文や語録にその初期の要素が見られ、宋代以降の都市文化における話本や白話小説を通じて発展した。
- ✓1917年に胡適が『新青年』に寄稿した「文学改良芻議」を契機として、近代的な白話運動(文学革命)が展開された。
白話(はくわ)とは、中国語における書き言葉の一種である。知識人が古典を基礎として作成した書き言葉である文言に対し、白話は各時代において民間で話されている口語を反映させ、大衆にも理解されるように工夫されてきた。
歴史的展開
白話は唐代に生まれ、宋代、元代、明代、清代を経て確立されてきた。唐代の白話の例としては、民衆に聞かせる意図で作られた敦煌の変文が挙げられる。変文には口語が取り入れられていたものの、当時は口語を文章として表現する技巧が十分に確立されていなかったため、文言的要素も多く含まれていた。また、唐から宋にかけて流行した語録にも口語がふんだんに取り入れられたが、表現できない部分には文言が使われていた。
宋代になると都市の大衆文化が盛んになり、説話と呼ばれる大衆向けの語り物が隆盛した。その台本である話本は、大衆に聞かせ、読ませるために、より口語に接近した記述方法が確立された。さらに、話本をもとに小説が作られるようになり、これらは白話小説と呼ばれている。
白話運動
近代に至るまで、白話は民衆語として低俗なものとみなされる傾向があった。しかし、1917年(民国6年)に胡適がアメリカ合衆国から雑誌『新青年』に「文学改良芻議」を寄稿し、近代的プラグマティズムの観点から、難解な文語文を廃して口語文に基づく白話文学を提唱した。この動きは文学革命とも呼ばれ、理論面を胡適が、実践面を魯迅らが中心となって推進し、現代中国語の形成に大きく貢献した。ただし、文言の要素も白話に大きな影響を与え続け、現在でも文章語では文言に近い文体が使われることが多い。
よくある質問
白話とは何ですか?
中国語における書き言葉の一種であり、古典を基礎とする文言に対して、各時代の民間で話されている口語を反映させ大衆にも理解できるように工夫されたものです。
白話運動はいつ、誰によって始められましたか?
1917年に胡適が雑誌『新青年』に「文学改良芻議」を寄稿したことから本格的な運動が始まりました。
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参考文献
日本大百科全書『白話』 - コトバンク