日本のプロ野球選手

羽生田忠克の経歴とプレースタイル

元プロ野球選手の羽生田忠克の経歴やプレースタイル、西武ライオンズ時代のエピソードについて詳しく解説します。

📌 主なポイント

  • ✓1964年5月1日生まれ、茨城県出身。
  • ✓1982年オフにドラフト外で西武ライオンズに入団し、15年間プレーした。
  • ✓遠投127メートルの強肩と俊足を生かし、主に守備固めや代走として活躍した。

羽生田 忠克(はにゅうだ ただかつ、1964年5月1日 - )は、茨城県出身の元プロ野球選手(外野手)、元野球指導者。

経歴

土浦日大高等学校を経て、1982年オフにドラフト外で西武ライオンズに入団した。入団から1988年までの登録名は本名である羽生田忠之であった。1985年には米国マイナーリーグのサンノゼ・ビーズに野球留学を経験し、1986年にはスイッチヒッターへと転向している。

プロ野球選手として15年間にわたり西武ライオンズに在籍し、その間に複数回のリーグ優勝や日本一を経験した。強肩や俊足を生かした守備固めや代走としてチームを支えたが、度重る故障もあり、一軍出場は1995年が最後となった。1997年3月に3度目の右肘手術を行うも痛みが消えず、同年限りで現役を引退した。

プレースタイル

遠投127メートルの強肩を持ち、「球界一の鉄砲肩」と称された。外野の守備位置から本塁や三塁へ低く正確なダイレクト送球を送ることで知られていた。また、100メートル走を11秒4で駆け抜ける俊足の持ち主でもあった。

よくある質問

羽生田忠克の現役時代の主なポジションはどこですか?
外野手です。
どのプロ野球チームに所属していましたか?
西武ライオンズに所属していました。

関連記事

埼玉西武ライオンズプロ野球選手

参考文献

読売新聞、毎日新聞および各種野球選手名鑑