歴史・社会

平民(歴史的背景と各国の制度解説)

平民(一般市民、コモナー)の歴史的背景について解説します。近代日本における族称の変遷や、イギリスおよび古代ローマにおける身分制度の仕組みを詳述。

📌 主なポイント

  • 平民は官位や爵位を持たない一般の人民や市民を指す言葉である。
  • 近代日本では、明治期の身分制度再編により華族・士族と並ぶ族称として平民が位置づけられた。
  • 1947年の日本国憲法施行に伴い、法の下の平等を定めた規定に基づき華族・士族・平民の族称が廃止された。
  • イギリスにおいては国王と爵位を持つピア以外の者がコモナー(平民)と呼ばれる。

平民(へいみん、英語: commoner)とは、官位や爵位を持たない一般の人民、市民を指す言葉である。歴史的に貴族や特権階級と対比される形で用いられてきた。

近代日本における平民

明治維新期における身分制度の再編に伴い、日本国内でも「平民」という法令用語が使用されるようになった。1869年(明治2年)に公家や大名家が「華族」、武士が「士族」、足軽等の下級武士が「卒族」と定められた後、1872年(明治5年)の太政官布告によって卒族が廃止された。これにより、一般国民は「平民」として華族・士族と対置される族称となった。

四民平等と秩禄処分による身分再編期において、日本全国の総人口に占める平民の割合は圧倒的であり、約3,110万人が平民に位置づけられていた。華族や士族の家系に生まれた者であっても、家を継がずに分家して新たな戸籍を設けた場合には原則として平民の族称を授けられることとなった。士族が分家した場合も同様にその称を失い、平民となった。

士族や平民の称は家系を示す名称としての側面が強く、華族のような公法上の特別な国家待遇は存在しなかった。その後、制度的な変更を経ながら継続されたが、1938年(昭和13年)に戸籍面から平民の表記が抹消され、最終的に1947年(昭和22年)施行の日本国憲法第14条に定められた法の下の平等の原則に基づき、華族・士族・平民といったすべての族称が廃止された。

西洋における平民の概念

イギリス

イギリスの法制度においては、国王と貴族(ピア、peer)以外の者が平民(コモナー、commoner)と呼ばれる。ここでいう貴族とは厳密に爵位(peerage)を保持する者を指し、儀礼称号を持つだけの家族などは法的に平民として扱われる。また、男爵より下位に位置する準男爵やナイトなどの称号も爵位とはみなされないため、これらを保持する者は平民に含まれる。

古代ローマ

共和政ローマにおいては、特権的な身分であるパトリキ(貴族)以外の市民層がプレブス(平民)と呼ばれた。なお、当時の社会構造において奴隷は平民には含まれていなかった。

よくある質問

平民とはどのような意味ですか?
官位や爵位を持たない一般の人民や市民を指す言葉であり、歴史的には貴族などの特権階級と対比されて用いられてきました。
近代日本の平民制度はいつ廃止されましたか?
1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法第14条(法の下の平等)の規定に基づき、華族・士族・平民の族称は廃止されました。
イギリスにおける平民の定義は何ですか?
イギリスでは、国王と爵位(peerage)を持つ有爵者以外の者が法律上の平民(コモナー)として扱われます。

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参考文献

古川亮平「近代日本における旧身分意識と族称 -士族・平民の廃止について-」(駿台史學174号)