日本の郡

茨城県東茨城郡の地理と歴史的変遷

茨城県東茨城郡の地理と歴史的変遷
茨城県の中央部に位置する東茨城郡の歴史的変遷、地理的特徴、および現在の構成町村について解説する百科事典記事です。

📌 主なポイント

  • ✓東茨城郡は茨城県の中央部に位置する。
  • ✓現在の構成町村は、茨城町、大洗町、城里町の3町である。
  • ✓1878年(明治11年)に茨城郡から分割されて行政区画として発足した。

東茨城郡(ひがしいばらきぐん)は、茨城県の中央部に位置する郡である。行政区域は県央の山間地域と東茨城台地、そして太平洋岸にまたがっている。

茨城県東茨城郡の範囲を示す地図
茨城県東茨城郡の範囲(1.茨城町 2.大洗町 3.城里町)

2026年7月1日の推計人口によると、人口は59,769人、面積は307.27km²、人口密度は195人/km²である。現在は以下の3町が含まれている。

地理的特徴

北西部は八溝山地を構成する鶏足山塊に覆われ、中央部は広域にわたって東茨城台地が広がっている。台地上には北東から南西の順に、那珂川、桜川、涸沼川、巴川、園部川が流れて浸食谷を形成している。さらに、谷津と呼ばれる樹枝状の枝谷が台地上に刻まれており、台地と低地が交錯する地形となっている。東部は太平洋(鹿島灘)に面している。

東茨城郡の町村の変遷を示す図
1.上大野村から34.大貫村までの位置図

漁業や観光を中心産業とする大洗町を除いて、ほとんどの地域は農業を中心としており、大部分が畑作地や水田に利用されている。城里町石塚や茨城町奥谷・小鶴などは商業地として市街地を形成している。

歴史的変遷

もともとは江戸時代からの「茨城郡」であり、1878年(明治11年)の郡区町村編制法により、東茨城郡と西茨城郡に分割されて発足した。当時の郡役所は水戸上市に設置された。

明治期の町村制施行時には水戸市が分離し、その後数多くの村の統合や町制施行が行われた。昭和の大合併や平成の大合併を経て、水戸市や小美玉市、常陸大宮市、笠間市などへの編入が相次いだ結果、現在の3町体制となった。

よくある質問

東茨城郡には現在いくつの町村がありますか?
現在は茨城町、大洗町、城里町の3町が含まれています。
東茨城郡はいつ発足しましたか?
1878年(明治11年)12月2日に、郡区町村編制法の茨城県での施行に伴い茨城郡から分割されて発足しました。

関連記事

茨城県水戸市茨城町大洗町城里町

参考文献

三村満著、茨城新聞社編『茨城県大百科事典』茨城新聞社、1981年。「角川日本地名大辞典」編纂委員会編『角川日本地名大辞典 8 茨城県』角川書店、1983年。